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内田百●(もんがまえに月)の孤影、未発表日記にみる

幻想的な小説や百鬼園の筆名でものした随筆で知られる内田百●(もんがまえに月)(1889~1971)の未発表日記が、慶応義塾大学出版会から刊行された。戦前の1936年から41年、43年から44年の8年分で、手帳に記された短い生活の記録だ。生の不安と飄々(ひょうひょう)としたユーモアが表裏一体となる作家の心が寸言から感じとれる。

生誕130年を記念して出版された「百鬼園 戦前・戦中日記」(上下巻)は、手帳に3行から5行程度書かれた日々の行動記録だ。時勢や書物への目立った論評はないが、同じ言葉の執拗なくりかえしに独特の味わいがある。その典型が「無為」と「續稿(ぞっこう)成らず」で、1938年5月など、それらの羅列にほぼ終始する。

無為――なにもしない。「無為と書くのは、何かしようと思つてゐる時の癖らしい」とは本人の自己観察だが、しようと思ってもできない悲しさが生きがたさの表徴としての二文字にこめられる。東京の麹町の家が空襲で焼失し、苦難にさいなまれる日々は著名な「東京焼盡(しょうじん)」に書かれることになるが、その前奏曲といえる。

日米開戦を「英吉利、亞米利加相手の戦争始まる」の一文ですませる一方、金策に駆け回る様子がくわしい。日本郵船の嘱託として収入があったときも、出版社や新聞社を訪ねては原稿料を前借りする。返済にあてる肝心の原稿は「續稿成らず」の連続で、なかなか書けない。百●(もんがまえに月)は関東大震災で都市や人が霧のように消えてしまう虚無感を作品にした。自身が「錬金術」と呼んだ虚業による生計は、百●(もんがまえに月)文学の存在の不安を裏づけるものとも感じられる。

日記は教え子だった平山三郎氏のもとにあった史料や遺品の中から見つかった。故郷の岡山県郷土文化財団に寄贈されている。一部は全集に収録されたことがあるが、多くが未発表。

(内田洋一)

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