「擬洋風建築」の旧開智学校 国宝指定で来館者2倍

2019/7/29 18:26
保存
共有
印刷
その他

和洋織り交ぜた独創的な「擬洋風建築」で知られ、現在は博物館となっている旧開智学校校舎(長野県松本市)の国宝指定が決まり、関心を集めている。第2次世界大戦中に児童が書いた日記などを展示しており、学芸員は「美しい建物や貴重な資料を後世に残していきたい」と話す。

 和洋織り交ぜた独創的な「擬洋風建築」で知られる旧開智学校校舎(6月、長野県松本市)=共同

 旧開智学校で職員室や校長室、教室としても利用された部屋(3日、長野県松本市)=共同

校舎は明治初期の1876年、学区内の住民が工事費の7割を出し、現在地からほど近い場所に建設。戦時中は白い外壁を炭で黒く塗って目立たないようにして空襲から免れ、1963年まで小学校として使われた。

正面中央にある八角形の塔やステンドグラスの窓、バルコニーなど西洋建築のたたずまいを見せる一方で、瓦屋根やしっくいの壁、竜の彫刻など和の技法も駆使されている。

「様々な思い出のある校舎。国宝指定は誇り」と話すのは、戦時中に在籍していた松本市の会社役員、横沢徳人さん(85)。5年生の時、戦局悪化に伴って担任の教諭が召集され、クラス全員で泣きながら軍歌を歌って送り出したことを鮮明に覚えているという。

小学校としての役割を終えた後、現在地に移築。65年から博物館として再始動した。収蔵資料は約11万点。教室だった展示空間には、明治から昭和までの教科書や、戦時中の戦意高揚ポスター、授業中に防空壕(ごう)を掘ったことをつづった児童の日記などが並ぶ。

5月に国の文化審議会が明治以降の学校建築として初の国宝指定を答申して以降、来館者が急増。6月末までの約1カ月半で前年同期比約2倍の約2万人が訪れた。学芸員の遠藤正教さん(35)は「明治から昭和という激動の時代を象徴する建物。当時の人の思いを想像しながらじっくりと見てもらいたい」と話す。〔共同〕

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]