名刀生む天然砥石 2億5000万年前の地層から採掘
匠と巧
カーン、カーン――。暗く湿った洞窟に金属音が響く。ハンマーで岩盤にくいを打ち込むのは土橋要造さん(68)。1877年創業の砥石採掘業「砥取家(ととりや)」の4代目で、希少な天然砥石を40年以上採掘してきた職人だ。

採掘場は京都府亀岡市にある丸尾山。中腹で車を降り、急勾配をロープを使い登ること10分。坑口に着いた。ひんやりとした空気を肌に感じながら、照明を頼りに坑道を行く。足元には採掘後の石がごろごろし歩きづらい。広い空間に出ると白い模様が浮いていたり赤みがかったりした岩盤が目に入ってきた。砥石層だ。
採掘はハンマーとくいで丁寧に進める。できるだけ大きな塊を傷をつけずに採るのが理想といい、機械はほとんど使わない。層の境目を慎重に見定めるとくいを打ち込む。境目を見誤ると砥石は小さく砕けてしまう。見極められるようになるには10年かかるという。腕を振ること1時間、金属音が鈍くなってきた。「そろそろだな」。そう言うと約2メートルのくいを亀裂に差し込み、てこの原理で岩盤をえぐり出す。大きな音をたてて石の塊が落ちてきた。約60キロの砥石の原石だ。

同山には複数の層がある。包丁、かんな、かみそり……。どの層のどの位置からそれぞれの刃物に合った砥石が採れるかを熟知している。落盤の危険もある現場に長い時は7時間いて、何千回とハンマーを振る。顧客の喜ぶ顔を思い浮かべるのが力の源だ。
天然砥石は2億5千万年前の地層から採れる希少な堆積岩。刃物の切れ味を鋭くし、かつ長持ちさせられるのが特徴だ。明治時代以降、全国で盛んに採掘していたが、1960年ごろまでに資源の大半が採り尽くされ産地はほぼ消滅。代わりに安価で大量生産できる「人造砥石」が普及し、市場も奪われた。土橋さんも廃業を考えたが、13年前にホームページを開設すると、人造砥石ではだせない切れ味を求め全国から注文が舞い込んだ。
「美術品としての日本刀を後世に残すには天然砥石が不可欠」。そう語るのは日本刀専門の研師、玉置城二さん(46)。鑑賞の見どころである刀身の波模様「刃文」や独特の青黒い輝きは人造砥石では出せないという。
加工、販売も手掛ける土橋さんの工房には国内のみならず海外からも料理人、大工、彫刻家などが訪れる。それぞれの用途に最適な砥石を提供するため、来訪者には持参の刃物で満足いくまで試し研ぎしてもらう。自然が作り出す砥石に同じものは一つとしてなく、「この砥石に出会えてよかった」と笑顔で帰る姿を見送るのが一番のやりがいだ。
昨年、土橋さんは新たな砥石層の発掘に成功した。資源が枯渇していく中で研ぎ文化の継承につながると期待する。ただ、年齢もあり週2回の採掘が限界。いまは2人の息子に技術を伝えている。「天然砥石を後世に残すのが自分の使命」。この思いを胸にハンマーを握る手に力を込める。(小幡真帆)

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