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「一番若いから?」 メダルゼロ体操界、改革託される

国際体操連盟会長・渡辺守成さん(4)

国際体操連盟(FIG)の会長で、日本人唯一の国際オリンピック委員会(IOC)委員でもある渡辺守成さん(60)の半生をたどる連載。4回目の舞台は日本体操界の本丸、日本体操協会だ。

◇   ◇  ◇

 新体操を日本で発展させた実績が評価され、1998年に日本体操協会の理事に就いた。だが栄光の「体操ニッポン」はどん底の状態だった。

協会の役員になるのは苦痛でしかありませんでした。元来、親から「九州男児はしゃべるな。笑うな」と言われて育ったので、社交性はありません。協会には五輪メダリストが大勢いますが、私には体操選手としての実績もほとんどありません。

アテネ五輪・体操の金メダル選手と(左から米田功氏、本人、現・男子代表監督の水鳥寿思氏)

日本の体操界が五輪で獲得したメダルは96年、2000年の2大会連続でゼロでした。これに体操協会の会長だった徳洲会理事長(当時)の徳田虎雄さんが激怒。「俺も辞めるから役員はみんな辞表を出せ」と全理事を辞めさせました。

その夜、徳田会長から電話で呼び出されました。それまで会長と話したことはありません。怒られると思って行くと「君が新しい会長と役員を探して、新しい協会を作ってくれ。4年後のアテネ五輪では、金でなくていいからメダルを1個取ってくれ」と一方的に迫られました。

驚いて「なぜ私なのですか」と尋ねると、「ん? 一番若いから」。当時の私は41歳。「それだけかよ」と少しカチンときましたが、押し切られました。ジャスコ副会長を退任したばかりの二木英徳さんを会長に迎え、専務理事はFIG理事の滝沢康二さんに依頼。私は常務理事として組織の改革に着手しました。

 日本の体操は04年アテネ五輪の男子団体で28年ぶりの金メダルを獲得して復活。日本は世界の体操界でも指導力を発揮する存在となっていく。

協会の役員は学校の先生が多かったのですが、企業出身者を登用しました。選手の強化は、メダル獲得の可能性のある男子団体に集中させました。それまでのような、学閥に配慮して選手を平等に扱うやり方では五輪で勝てるわけがありません。

協会が長年、自前の体育館を建設するために積み立てていた基金も取り崩して強化につぎ込みました。アスリートファーストを徹底するため、海外遠征では選手をビジネスクラス、役員をエコノミーとしました。

アテネの金メダルは望外ともいえる結果でしたが、日本の体操の未来は変わりました。大会の入場者が増えたほか、テレビ放映やスポンサー獲得でも稼げるようになり、組織の財務基盤が確立しました。

東日本大震災から7カ月後の11年10月には、世界体操選手権を東京で開きました。大会の誘致には、FIGで副会長になっていた滝沢さんを次期会長に推す狙いがありました。ところが12年の役員改選の直前、滝沢さんが「私は会長に立候補しない」と言い出したのです。

結局、私が代わってFIGの理事に就任。二木さんの勧めもあって4年後には会長選に出ました。選挙戦では体操関係者に会うため世界中を飛び回った結果、エコノミークラス症候群になって苦しみましたが、なんとかフランスの候補者との一騎打ちに勝つことができました。

(編集委員 北川和徳)

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