京都随一、水辺の行楽地 「鴨川デルタ」の記憶
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関西タイムライン
2019/7/25 7:01
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鴨川デルタ? 生粋の京都人の中には首をかしげる人もいるが、いまやその名を知らない京都好きはいないだろう。賀茂川は京都・出町柳で高野川と合流し、鴨川と名称を変える。その合流する三角地帯が通称「鴨川デルタ」。旅行口コミサイト大手のトリップアドバイザーにも登録されている京都随一の水辺の行楽スポットは、かつては「糺(ただす)河原」と呼ばれていた。古地図を手掛かりに〈場所の記憶〉を探った。

賀茂川(左)と高野川(右)の合流する「鴨川デルタ」は「糺河原」と呼ばれた(京都市左京区)

賀茂川(左)と高野川(右)の合流する「鴨川デルタ」は「糺河原」と呼ばれた(京都市左京区)

ランドマークの亀形の飛び石(京都市左京区)

ランドマークの亀形の飛び石(京都市左京区)

鴨川デルタの北に広がる「糺の森」。その奥に鎮座する下鴨神社の宮司、新木直人さん(82)が見せてくれたのは、江戸時代の終わりごろに書き写された「下賀茂地図」だ。

「自然の力で新しく生まれた土地は、清浄な場所として神社は大事にするんです。州の先端には中世まで唐崎社が祭られ、その一帯を糺河原と称していました」。「賀茂河」に橋が架かり、小さく「糺河原」と書かれているのがわかる。

江戸時代の終わりごろに書き写された「下賀茂地図」 寛延4年(1751年)森本安国書写

江戸時代の終わりごろに書き写された「下賀茂地図」 寛延4年(1751年)森本安国書写

平安時代から応仁の乱までの約700年間の京都の様相を一枚の地図に再現した「中古京師内外地図」(寛延3年、1750年)にも「糺河原」の地名が記されている

平安時代から応仁の乱までの約700年間の京都の様相を一枚の地図に再現した「中古京師内外地図」(寛延3年、1750年)にも「糺河原」の地名が記されている

「糺」とは「只(ただ)州」が転じたという説がある。「もともと三角州はもっと下流にあり、糺河原も地図に描かれているより広かった。糺河原では相撲や猿楽、競馬も催され、人々が集う広場であったことは今も昔も変わりはありません」(新木宮司)

■茶や化粧に活用

「暴れ川」と言われた鴨川は度々洪水を起こし、州の幅や広さは絶えず変わったとされる。京と若狭(福井県)を結ぶ「鯖(さば)街道」の入り口にも近く、人々が集まりやすいため、勧進興行が行われたり、合戦の場となったりもした。

歴史に残る最大のイベントは1464年、鞍馬寺の塔を建てるための寄付集めに足利将軍家が主催した勧進猿楽だ。演じ手は世阿弥のおいの音阿弥をはじめとする観世座。「糺河原勧進猿楽日記」などの記録によれば、舞台を囲んで63間(約114メートル)の大桟敷がつくられ、3日にわたる興行は将軍足利義政と夫人の日野富子をはじめ、諸大名や一般庶民まで見物する盛大なものだった。

大桟敷が記録されている「寛政5年糺河原勧進猿楽舞台図」(観世文庫所蔵)

大桟敷が記録されている「寛政5年糺河原勧進猿楽舞台図」(観世文庫所蔵)

江戸時代には、賀茂川と高野川の合流点の水を早朝に汲み、たる詰めにして大阪に送った「賀茂河水弘所(みずひろめどころ)」があったというから驚きだ。水文化に詳しい京都産業大学の鈴木康久教授によると「引き札が残っており、その口上書きに賀茂川と高野川の合流する糺の水が良いとされ、茶や化粧、絵の具用に売ったとある」。

映画にも縁が深い。1923年に「糺の森」の隣に関東大震災で被災した松竹の撮影所が移ってきた。74年に閉鎖されるまで松竹系の撮影所として映画やテレビ作品を制作。閉鎖後も「パッチギ!」や「鴨川ホルモー」など鴨川デルタはしばしば映画やドラマのロケ地になった。

鴨川デルタの川の流れに飛び石が置かれたのは93年。夏の盛り、歓声をあげて飛び石を渡るのは子供だけではない。石は「矩形」(長方形)だけでなく「亀形」「千鳥」も合わせて計83基が作られた。考案したのは当時、京都府京都土木事務所の技術職員だった吉見重則さん(62)だ。

■飛び石も風景

川底を掘り下げ、厚さ50センチのコンクリート製ブロックを並べ、その上に飛び石をはめ込んだ。川底の保護と親水空間を形成するのが目的だった。「ランドマークのキャラクターなら亀しかないなと考えた。当時は景観を壊すと批判もあったが、今はすっかり風景になじんでいると思います」

鴨川デルタの名で学生らの間で呼ばれ始めたのは、ちょうど飛び石ができた頃という説があるが、はっきりとはわかっていない。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。下鴨神社ゆかりの鴨長明は「方丈記」にそう記している。有為転変。あらゆるものは流転してやまない。それは人も住処も同様だと長明は説いた。この鴨川デルタの風景も、移り変わりを重ねて今がある。

(岡本憲明)

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