五輪施設なぜ税金頼み サッカーW杯の教訓生きず - 日本経済新聞
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五輪施設なぜ税金頼み サッカーW杯の教訓生きず

ドーム社長 安田秀一

東京オリパラ開催まで1年、ビッグイベントを迎える機運が高まってきました。都内ではメインスタジアムとなる新国立競技場など新たな競技施設が次々に登場しています。米スポーツブランド「アンダーアーマー」の日本総代理店、ドームの本社周辺でも同様だそうです。ただ、社長の安田秀一氏は、それらの施設を複雑な思いで見ています。施設整備が日本全体の効率化を促すきっかけになると期待していたと述べています。

◇   ◇   ◇

今回は、まず勝手ながら「敗北」宣言をさせてください。

2020年東京五輪・パラリンピックまで1年を切りました。東京・有明のドーム本社周辺でも、体操やバレーボールなどの競技会場がどんどん建設されています。それらを見ながらつくづく思い知らされるのは、この大きな「建設物ファースト」の流れは、まるで変えることができなかった、という事実です。

海外にあまたある成功事例、失敗事例をもとに、「Aプランより、Bプランの方が事業性が確実」、ということが理解できれば、状況は普通に変わると思っていました。知識や情報がないだけで、誰もわかりきった損をしようとは思わないだろう、と勝手にそう思っていました。でも、毎日オフィスから見える景色、すなわち現実は、建設中の赤字を生み続ける豪華な体育館、それも2棟が並ぶという「壮観さ」です。

米国ではアリーナやスタジアムの建設に公金が投入される際は、住民投票を行うことが一般的です。その上で公債を発行して資金を調達。20~30年後にスタジアムやアリーナが生み出す経済効果が返済原資となって償還されます。つまり、経済効果がアリーナ建設の必要条件であって、一時的なイベントのための施設に公金投入は考えられません。経済効果、つまり採算が前提ですから、維持費という概念もありません。

人口は減り、国の財政状況は悪化する一方なのに、どうして「建設物ファースト」になるのでしょうか。田中角栄元首相が「日本列島改造論」を発表した時代、人口が増え続けていた半世紀前なら、住宅でも道路でもダムでもとにかく作っていけばよかったのでしょう。しかし、少子化、そしてIT化の進む現代では国全体の「効率化」が何よりも成長のカギを握るのは間違いないはずです。

大会後、プロ野球の球場にと提案

僕は五輪・パラリンピックが日本のこうした状況を変えるきっかけになると考えて、自分なりに精いっぱいの提言をしてきました。今考えると、建設会社でもないのに、何て余計なことをしていたのだろう……とも思えてきますが、当時は義憤にかられて利害など考えずに一直線でした。

例えば、新国立競技場を「国立」とはせず、「オリンピックスタジアム」とする。そして大会後はプロ野球チームのフランチャイズに転用できるように作るべきだと国会議員をはじめとする多くの方々に提案しました。懇意の設計事務所さんの力を借りて、詳細な工程や採算性を含めた企画書を作成しました。これも1996年のアトランタ五輪の成功事例がベースで、目新しいアイデアではありません。

五輪では国際競技団体などから大勢の観客を収容できる大規模なスタジアムやアリーナを用意するよう求められます。しかし、大会が終われば過大な施設をもてあますことになります。だから、大会後はプロ野球で使う4万人規模にすることを前提に7万人収容のスタジアムを設計・建設する。7万人のスタジアムで陸上競技をすることなど五輪以外ではめったにありませんが、プロ野球の試合で4万人は適正規模です。余ってしまう3万の客席は、秩父宮ラグビー場の改築で使うこともプランに組み込んでいました。ホテルやショッピングモールも含めて神宮外苑全体を最適化する方向で計画すれば、素晴らしいものができたはずです。

世界に目を向ければ、プロリーグやプロチームなど、それを必要とする組織や地域が適正な規模のスタジアムやアリーナを整備しています。ビジネスとして成立するのが前提で、建設費も十分に賄え、そのスタジアムやアリーナを核にして地域経済を発展させる。これが欧米のスポーツビジネスで成功するための「決め技」です。

ところが日本の施設整備は税金頼み。だから誰もが使える中途半端な公共施設となり、採算度外視の合理性のない投資をしてしまう。結果的に建設費だけでなく、その後の維持費も税金、つまり国民が負担することになります。1998年の長野オリンピック、2002年のサッカーワールドカップの会場となった施設は軒並み赤字であり、そういった失敗事例が身近にあったにもかかわらず、今回もまったくこの構造から抜け出せませんでした。

こうなる背景には、建設業者に仕事を回すという利権の構図があるのでしょう。とにかく「ハコモノを作る」という力学が働いていると感じます。同時に、施設を必要とする競技団体の思惑もあります。五輪に乗じて立派なものを作ってもらい、その後は安く使わせてもらおうという考え方があるように見えます。でも、しっぺ返しは自分のところに必ず返ってくるのが経済の仕組みです。借金で成り立っている現在の我が国の財政下、大きな投資は大きな負担となって、大会後の厳しい批判は避けられないはずです。陸上競技連盟は、7万人収容の巨大な陸上競技場の存在意義と、応分の資金負担を問われ続けてしまうでしょう。

新国立競技場もアリーナも水泳場も、どれもが見事に巨額の赤字を毎年生み出す負のレガシーになってしまうのでは、と危惧しています。今となっては、いや今度こそ、これを次への教訓にするしかないと思っています。

未来をつくっていく若者たちには将来、この国のあり方について建設的な議論をするためにも、2020年大会の施設整備がどのように進み、なぜこんな無駄が生まれたのかをしっかりと記憶にとどめておいてほしいと思います。1964年大会での国立競技場建設の経緯などはなかなか知ることができませんが、今回のオリンピック関連施設建設の経緯は、新聞でも雑誌でもソーシャルメディアでも様々な事実や経緯が記録として残っています。

スポーツの力を社会のために

アスリートもアスリートとしての「責任」を自覚してほしいと思っています。大勢の観客に見守られて素晴らしい環境で競技ができることは誇らしい事実でしょう。例えば、マラソンでゴールの新国立競技場に戻ってきたランナーは7万人の大観衆に迎えられる現実が目の前に存在します。でも、そんな状況をつくり出すために、どれだけの税金がかかっているのか。大会後も施設の維持運営にどれだけコストがかかるのか。ゴールした後にはそんなことも「ちょっと」だけ考えてほしいと思っています。

競技施設だけではありません。高額納税者であるプロ野球選手などと違い、五輪の代表選手育成には税金から多額の強化費も投じられています。ナショナルトレーニングセンターやスポーツ科学センターの建設にいくらかかり、どれだけの運営コストがかかっているのか。トップアスリートであればこそ、巨額の税金がつぎ込まれている中で競技ができているという事実を認識すべきだと思います。その責任は、金メダルを取れば果たせるという類いのものでもなく、自分の大好きな競技が大会後、困難な経済状況下でも税金に頼ることなく持続可能なモノなのか、そこをしっかりと検証することだと思っています。投入された税金を食い潰すことなく、持続・発展させていくには、競技としての経済合理性をつくらねばなりません。そのためにはとにもかくにも、選手の意識改革が不可欠です。私のメダルのコストはいくらだったのか。次世代のアスリートには、そんな感性と知性を兼ね備えてほしいと思っています。

2020年大会で活躍するアスリートたちも、将来は競技団体を運営する立場になるかもしれません。40歳や50歳になったとき、いい思い出だったと大会を振り返るだけでなく、あの時どれだけお金がかかり、国民がそのツケを払わされていることが分かっていれば「スポーツの力をもっと社会のために役立てる」ことを考えることでしょう。

僕はもう50歳です。このタイミングで、生まれ故郷の東京でオリンピックが行われます。「これこそ自分の運命だ!」という意気込みで「負のレガシー」をつくらぬよう精いっぱい頑張ってみました。このコラムにもそんな僕の執念が乗り移っていると思います。結果、刃折れ矢尽きてボロボロの1人の敗残兵となってしまいました。僕のオリンピックは始まる前に負けてしまったのです。

それでもなお、スポーツの可能性を信じる心はいささかの曇りもありません。次世代にこの思いを託すしかありません。

そのため、まずは東京オリンピックでキラキラ輝く選手たちを精いっぱい応援したいと思います!

そして、そんな若いアスリートにこそ、引退後の次の戦いで大勝利を得てほしいと心から祈っております!

(大勝利=スポーツが納税団体になり、社会に真の貢献をすること!)

安田秀一
1969年東京都生まれ。92年法政大文学部卒、三菱商事に入社。96年同社を退社し、ドーム創業。98年に米アンダーアーマーと日本の総代理店契約を結んだ。現在は同社代表取締役。アメリカンフットボールは法政二高時代から始め、キャプテンとして同校を全国ベスト8に導く。大学ではアメフト部主将として常勝の日大に勝利し、大学全日本選抜チームの主将に就く。2016年から18年春まで法政大アメフト部の監督(後に総監督)として同部の改革を指揮した。18年春までスポーツ庁の「日本版NCAA創設に向けた学産官連携協議会」の委員を務めたほか、筑波大の客員教授として同大の運動部改革にも携わる。

(「SPORTSデモクラシー」は毎月掲載します)

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