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四天王像の名称、240年誤って認識 日光山輪王寺

世界遺産の日光山輪王寺(栃木県日光市)の大猷院(たいゆういん)境内の「二天門」にある四天王像の一つ「増長天」が少なくとも約240年間、「広目天」と誤った名称で呼ばれていたことが20日までに、輪王寺への取材で分かった。輪王寺は同日までに看板を修正した。

日光山輪王寺にある、約240年間誤った名称で呼ばれていた「増長天」の像(19日午後、栃木県日光市)=共同

輪王寺によると、四天王は広目天、多聞天、増長天、持国天からなり、二天門では向かって右側に広目天、左側に持国天の像が立っているとされてきた。

2014~18年、半世紀ぶりに二天門を修理した際、2体についても調査。本殿で筆を手にした本物の広目天とみられる像が発見され、広目天とされてきた二天門の像は刀を手にしていることから、増長天と結論付けた。

広目天と呼ばれてきた像の内側に、寛政9年(1797年)に書かれたとみられる「廣目」との書き込みが見つかっており、二天門に広目天と持国天があるとの安永7年(78年)の記録もある。このため、少なくとも約240年前から誤って認識されていたという。

大猷院は徳川家光没後の1653年に完成し、二天門の2体の像も同時期に作られたとみられる。〔共同〕

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