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23年残るリレー日本記録 アンカーは再び夢舞台めざす
陸上短距離 大森盛一(1)

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2019/7/24 5:30 (2019/7/24 10:00更新)
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大森盛一は母校のグラウンドで小学生から社会人まで指導する(東京都世田谷区の日大グラウンド)

大森盛一は母校のグラウンドで小学生から社会人まで指導する(東京都世田谷区の日大グラウンド)

陸上競技のリレーといえば、かつては4×400メートル(1600メートル、通称マイル)リレーが世界に近いと注目を浴びていた。大森盛一(おおもり・しげかず、47)は1996年アトランタ五輪で5位入賞を果たしたレースでアンカーを務め、現在も破られていない日本記録(3分0秒76)を樹立した。引退後トラックを離れいくつもの職業を転々としたが、再び陸上界に指導者として復帰。いよいよい1年後に迫る東京五輪・パラリンピック出場を全盲のパラ陸上選手、高田千明と二人三脚で狙っている。アスリートの引退後をたどる「未完のレース」、スポーツライターの増島みどりが4回連載する。

◇   ◇   ◇

午後7時を過ぎ、ようやく照明がともり始めた日大グラウンド(東京都世田谷区桜上水)に、「アスリートフォレスト トラッククラブ(A・F・T・C)」のランナーたちが集まり始めた。

霧雨は止まなかったが、中学生の女の子たちは天気などお構いなしで、楽しそうにガールズトークに花を咲かせ、母親たちはその様子を笑顔で見守っている。そこに、小学生の息子とお父さんのペア、サポート役のコーチ、社会人の男性もあいさつを交わしながら加わり、中1のお兄ちゃんと小1の女の子がお母さんに連れられグラウンドに駆け込んで来る。

最後に、クラブを主宰する、1996年アトランタ五輪1600メートルリレーでアンカーを務めた大森盛一と、リオデジャネイロ・パラリンピック女子走り幅跳びに出場した高田千明(34=ほけんの窓口)が到着した。

大森は、「T11」と呼ばれる全盲クラスの高田をコーチするだけではなく、100メートルの際にはガイドランナー(ロープを握り合う)と、走り幅跳びに転向してからは、踏み切り位置を手拍子と声で伝える「コーラー」と呼ばれるガイド役も兼任する。

高田の手をしっかりと自分の腕に組ませ、雨の中、注意深く少し先を歩いて準備を手伝う。

「あー、ちあきちゃんが来たぁ!、こんばんは」と子どもたちから声がかかると、高田も笑いながら「はーい」と声のほうを向いて大きく手を降る。練習が始まろうとする時、コーチがランナーたちを前に最初に行ったのは指導ではない。夏場、グランドに大量に発生するやぶ蚊を退治するため、蚊取り線香をいくつも注意深くたくうちに、いつの間にか練習が始まっていた。

■フォレスト(森)に込めた思い

照明がともる中、高田千明(左)の伴走で100メートルを走る大森

照明がともる中、高田千明(左)の伴走で100メートルを走る大森

ガーナ人の父を持つ小1年の女の子はチャーミングなみんなのアイドルで、中1のお兄ちゃんの後を追いかけている。ナイジェリア人の父、アメリカ人の父を持つ中学生の女の子2人は女子短距離の注目選手だ。陸上を始めたばかりの女の子がいて、父子で参加するペアに、元陸上選手も未経験者もいる。サラリーマンもパラリンピアンも一緒に練習し、それをオリンピアンがコーチする。多様性にあふれるユニークなこのクラブに、サニブラウン・ハキ―ム(20=米フロリダ大)も小学生で参加し、ランニングの楽しみを知った。

この日は、スピード練習が行われ、100メートルの加速走に1人ずつチャレンジする。薄暗いトラックで、互いがサポートし合って全力で走る。楽なトレーニングではないのに、最年少の小1の女の子も含め、誰も途中で止めようとせず、自分の順番が回ってくると喜々としてスタートラインに立つ。大森自身も100メートルを高田のガイド役で皆と同じように走るだけで、子どもにも大人にも細かい指導は全くしない。

「私の名前の森と、クラブの所在地を置く大森の森、それと色々な種類の木が、分け隔てなく集まっている森のようなクラブをイメージしてフォレスト(森)と名付けました。最年長は54歳で高校生の息子さんと一緒に参加しています。クラブに来たらすぐに基本的な動きだけは伝えますが、後はあまり細かく言いません。楽しければ毎日続けられる。続ければ、何でこれをやるんだろう、と疑問を持つ。そうすると質問に来ますから、そこで詳しく説明すると選手はよく理解してくれます」

96年アトランタ五輪1600メートルリレー(苅部俊二、伊東浩司、小坂田淳、大森)のアンカーはそう話す。住宅街にあるグラウンドで、小さくとも理想郷のような「森」を育んでいるかのようだ。

アトランタ五輪決勝で5位に入る躍進とともにマークした3分0秒76は、23年がたつ現在も破られていない不滅の日本記録となってしまった。当時はすぐに2分台へと日本記録が更新され、日本のマイルリレーは世界と互角に戦う。誰もがそう思っていたはずなのだが。

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