2019年9月22日(日)

日本野球最古の記録か 1872年に米国で試合、記事発掘

2019/7/18 17:49
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日本に野球が伝えられたとされる1872年に、日本人が米国で野球の試合を行ったことを示す当時の新聞記事が複数見つかった。野球の歴史に詳しい米国人作家ビル・ステープルズ・ジュニア氏が6月末の米国野球学会総会で発表した。日本人がプレーした最古の記録として野球殿堂博物館(東京・文京)も注目している。

全米を巡業していた「ロイヤル江戸劇団」(サナトス・アーカイブ提供)=共同

野球は72年に第一大学区第一番中学(後の東京開成学校、東京大)の米国人教師ホーレス・ウィルソンが学生に教えたのが日本での起源とされる。これまでは、東京開成学校が76年に在日本外国人チームと対戦したのが、記録として残る最古の日本人の試合だった。それより4年も前の記述に、野球殿堂博物館の関口貴広・主任学芸員は「日本人がプレーした最古の記事で間違いない。すごい発見」と驚く。

ステープルズ氏は「歴史を塗り替える重要な資料。明治維新からわずか4年後に、日本人が遠く米国に渡って野球をしていたという事実には驚くほかない」と話した。

見つかった記事によると、日本チームは全米を巡業していた「ロイヤル江戸劇団」という軽業師の一団で、72年6月7日、ワシントンで大リーグの前身にあたるナショナル・アソシエーション所属の地元球団オリンピックスと対戦した。野球は巡業中に習ったとみられる。19世紀に発行されていたナショナル・リパブリカン紙が掲載した5イニングの試合経過によると、日本チームは17-18と健闘している。

ステープルズ氏は野球とは無関係の歌舞伎をテーマにした論文に、新聞記事に触れた脚注を発見した。論文を執筆した演劇研究者の堤春恵氏は取材に対し、米欧に派遣された岩倉使節団を研究した際に日本人の軽業公演を観劇していたことを知り、劇団の足跡を追う過程で野球の記事に行き当たったと明らかにした。

当時の記録によると、ロイヤル江戸劇団は子供を含む十数人で編成され、英国人興行師に連れられて71年に横浜港を出発。西海岸サンフランシスコから東に移動しながら軽業を披露した。各地の新聞に巡業の広告が掲載され、「ゲンジロウ」や「キンジロウ」といった名前も出てくる。

米国滞在中の集合写真が残っており、ちょんまげの男性も。関口学芸員は「この人たちが日本に帰って野球界に還元したり影響を与えたりしたのか興味がある。日本の野球は学校で普及したが、草の根でもプレーしていたとしたら面白い」と述べた。〔共同〕

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