パワハラ対策・セクハラ規制強化 職場はどう変わる
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近年、社会問題となっているパワーハラスメント(パワハラ)。今年5月の労働施策総合推進法の改正により、日本で初めてパワハラ対策が法制化されることになりました。男女雇用機会均等法なども一部改正され、セクシュアルハラスメント(セクハラ)についても防止対策の規定が強化されました。パワハラ法制化、セクハラ規制強化によって、職場はどう変わるのでしょうか。人事労務コンサルタントで社会保険労務士の佐佐木由美子氏が解説します。
深刻化する職場のパワハラ、女性はセクハラ問題も
厚生労働省の調査によると、各都道府県の労働局に寄せられる相談件数は、自己都合退職(4万1258件)や解雇(3万2614件)を大幅に上回り、パワーハラスメントを含むいじめ・嫌がらせが8万2797件で6年連続トップとなっています(「平成30年度個別労働紛争解決制度の施行状況」より)。
連合が発表した調査では、職場でハラスメントを受けたことがある人の割合が37.5%、そのうち最も多い回答が「脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言などの精神的な攻撃」(41.1%)とパワハラに関するものです(「仕事の世界におけるハラスメントに関する実態調査2019」より)。
しかし、この調査で男女別の回答を見ると、女性はパワハラよりもセクハラの被害が圧倒的に多く、男性14.2%に対して女性は37.7%にものぼります。「私的なことに過度に立ち入ることなどの個の侵害」も、男性18.2%に対して女性は26.6%と、職場のハラスメントについては、男女で異なる傾向が見られることがわかります。
パワハラが認定される3要素
パワハラに関する相談や被害が深刻化する中、働きやすい環境を整え、従業員の退職や意欲低下などを防ぐことを狙いに、冒頭で述べたように国内で初めてのパワハラ対策が法制化されました。パワハラ対策の義務化は早ければ大企業は2020年4月から、中小企業は努力義務でスタートし2022年4月に義務化される見通しです。
そもそも、パワハラとは、どのような行為を指すのでしょうか。
職場におけるパワハラとは、以下の3つの要素をすべて満たすものとされます。
(1)優越的な関係を背景とした
(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により
(3)就業環境を害すること(身体的もしくは精神的な苦痛を与えること)
ここでいう「優越的な関係」とは、パワハラを受ける労働者が行為者に対して抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係に基づいて行われることで、一般的には職務上の地位が上位の者による行為を想像されることでしょう。しかし、そればかりではく、同僚または部下による行為で、業務上必要な知識や豊富な経験を有していて、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行が困難である場合なども含まれます。
また「職場」とは、業務を遂行する場所を指します。必ずしも、会社など普段仕事をしている場所だけをいうのではなく、例えば取引先への移動中のタクシーの中も業務を遂行する場所であれば、職場と考えられます。
このように、パワハラの3要素の定義はあるものの、適正な範囲の業務指示や指導についてはパワハラに当たりません。この指導とパワハラの境界が非常に難しく、どこまでならセーフで、どこまではNGなのか、なかなか見極めることが難しい、ということがパワハラ問題を複雑化させています。この点については、指針で今後具体的な内容が示される予定です。
パワハラ対策が企業の義務に
パワハラ対策の法制化によって、何が変わるのでしょうか? 大きな点は、パワハラによって就業環境が害されることのないよう、労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を事業主が講じなければならない、ということです。具体的には、事業主によるパワハラ防止の社内方針の明確化や周知・啓発をはじめ、苦情などに対する相談体制の整備、被害を受けた労働者へのケアや再発防止などが挙げられますが、今後さらに検討が加えられ、指針で示されることになっています。
そして、事業主は労働者が相談を行ったことなどを理由として、労働者に対して解雇その他不利益な取り扱いを禁じられます。パワハラに関して、事業主による適切な措置が講じられない場合は、是正指導の対象となります。しかし、罰則を伴う禁止規定は盛り込まれていません。一方で、悪質な場合は、企業名の公表ができる規定が設けられました。パワハラに関する紛争が生じた場合、調停など個別紛争解決援助の申し出を行うことができるようになります。
また、企業に対して、パワハラに関する研修の実施やその他必要な配慮をすることの努力義務が定められました。「何がパワハラか」「パワハラを防ぐためにどうすればよいか」といった研修を管理監督者ばかりでなく全従業員に対して行っていくようになるでしょう。
パワハラに関しては、事業主ばかりでなく、国や労働者についても責務が定められました。国はパワハラに関しての周知・啓発を行い、事業主と労働者は問題への理解を深めるとともに自らの言動に注意するよう努めるべきであるとし、私たち1人ひとりの意識や言動が大切である、というメッセージが含まれているといえます。
セクハラ防止対策も強化、4つのポイント
パワハラ対策の法制化とともに、男女雇用機会均等法なども一部改正され、セクハラについてさらに防止対策の実効性を高めるための規定が強化されました。ポイントは、以下の4つです。
1つ目は、セクハラの防止に関する国・事業主・労働者の責務の明確化です。2007年の改正・男女雇用機会均等法において、事業主にセクハラ対策として雇用管理上必要な措置を講じる義務を定めました。それが一歩進んで、セクハラは行ってはならないものであり、事業主・労働者の責務として、他の労働者に対する言動に注意を払うよう努めることが明記されました。
2つ目は、セクハラを相談した労働者に対して事業主の不利益取り扱いの禁止です。
3つ目は、自社の労働者が他社の労働者にセクハラを行った場合、事実確認などの協力を求められたら応じることを努力義務としたことです。あわせて、自社の労働者が他社の労働者などからセクハラを受けた場合も、相談に応じる措置義務の対象となります。セクハラは密室で起こることが多いため、事実確認の難しさが緩和されることが期待されます。
4つ目は、調停の出頭・意見聴取の対象者が拡大されることです。セクハラ被害者が相談しても会社側が適切な対応を取らない場合、都道府県労働局長による紛争解決援助や調停を受けることができます。調停制度について、紛争調整委員会が必要を認めた場合には、関係当事者の同意の有無に関わらず、職場の同僚なども参考人として出頭の求めや意見聴取が行えるようになります。
女性が働き続けるうえで、パワハラ防止対策はもちろん重要ですが、同時に職場でのセクハラやマタハラを根絶することは、大きな意味があります。
さらに注目したいのが、衆議院・参議院の全会一致で可決された付帯決議です。付帯決議では、就活セクハラやフリーランスに対するハラスメント、取引先からのハラスメント、性的指向・性自認に関するハラスメント「SOGI(※)ハラ」などについても、措置を講ずることが明記されました。
今後、あらゆるハラスメントをなくして、1人の人間として尊厳を保ちながら、安心して働けるような社会になること。そのために、こうした防止対策は希望の一歩と言えるでしょう。

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