2019年9月18日(水)

明治社員、本場のヨーグルトに驚く(古今東西万博考)
1970年・大阪 ブルガリア館

関西タイムライン
コラム(地域)
2019/7/9 7:00
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テレビCMでおなじみの「明治ブルガリアヨーグルト」の誕生のきっかけは1970年の大阪万博だった。明治の社員がブルガリア館で本場のプレーンヨーグルトを試食。「本場の味を日本の食卓に届けたい」と開発を決めた。

(左から)1971年発売の「明治プレーンヨーグルト」、73年発売の「明治ブルガリアヨーグルト」、現在の商品

(左から)1971年発売の「明治プレーンヨーグルト」、73年発売の「明治ブルガリアヨーグルト」、現在の商品

その場でヨーグルトを分けてもらい、ポリ袋に入れて研究所に持ち帰った。当時日本で販売されていたヨーグルトは、日本人向けに甘い味付けのされたものばかり。酸味のあるプレーンヨーグルトに、社員らは驚いたという。

本場の味を再現するため、何度も現地に足を運んだ。持ち帰ったサンプルをもとに試作を重ね、71年に日本初のプレーンヨーグルトとして「明治プレーンヨーグルト」を発売した。商品名に「ブルガリア」の国名を入れたかったのだが、同国大使館から拒否されたという。

当初は売り上げが全く伸びず、全国で1日300個ほどしか売れないこともあった。「ヨーグルトは甘いものだという思い込みから、『腐っているのではないか』との苦情もあった」と明治マーケティング本部の相沢雄馬さん。

「これが本場の味だとアピールするためには『ブルガリア』の国名を商品名に入れる必要がある」と考え、大使館と再度交渉。生産設備の見学会で徹底した品質管理をアピールするなどして、熱意を伝え、72年にようやく国名の使用許可が下りた。73年に「明治ブルガリアヨーグルト」の商品名で販売すると売り上げが急増し、広く普及するようになった。

大阪万博の前後で日本のヨーグルト市場は大きく変わった。相沢さんは「今ではヨーグルトと言えばブルガリアの味をイメージしてもらえるまでになった」と胸を張る。(札内僚)

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