2019年8月18日(日)

「復興進める」九州北部豪雨2年、犠牲者悼み祈り

2019/7/5 10:55 (2019/7/5 12:56更新)
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九州北部豪雨から2年を迎え行われた追悼式(5日午前、福岡県朝倉市)

九州北部豪雨から2年を迎え行われた追悼式(5日午前、福岡県朝倉市)

福岡、大分両県で関連死を含め40人が犠牲となった九州北部豪雨は5日、発生から2年を迎え、被災各地で遺族らが犠牲者へ追悼の祈りをささげた。いまなお850人超が仮住まいを強いられ、豪雨災害も毎年のように続く。それでも被災者は大切な人に思いをはせ、「古里の復興を必ず進める」と、それぞれの再起を誓った。

33人が死亡するなど甚大な被害を受けた福岡県朝倉市では午前10時から、市主催の追悼式が開かれた。蒸し暑さの中、遺族約60人を含む約300人の参列者は白と紫の花が供えられた祭壇に黙とうをささげた。

追悼式で黙とうする遺族や被災者

追悼式で黙とうする遺族や被災者

林裕二市長は式辞で「被災者に寄り添い、コミュニティー再生や生活再建、地域産業の支援に力を入れたい」と述べた。小川洋知事は「豪雨の教訓と経験を語り継ぎ、災害に強い県づくりに取り組む」と強調した。

被災者代表で「松末地域コミュニティ協議会」会長、伊藤睦人さん(74)があいさつ。豪雨当時、避難を呼びかけたものの「濁流が道路をのみ込み、避難も難しい状況だった」と振り返り「目の前に見える光景はこの世のものとは思えず、我が目を疑う様相だった。緑に囲まれた安住の地は見る影もなかった」と声を震わせた。

松末地区の約8割の住宅が被災したうえ高齢者も多い。「犠牲者のためにも以前より平和に暮らせるように再建するのが残された者の使命。関係機関と一丸となり安心して住める地域づくりを進めたい」と結んだ。

参列した無職の田中松美さん(67)は市内の別の場所に住んでいた母と兄夫婦を亡くした。家は跡形もなく流され、兄の遺体が発見されたのは約半年後の12月21日。ちょうど兄の誕生日だった。

豪雨後に体調を崩し、当時の仕事を辞めたが「1年前は前を向く気持ちになれなかった。でも今は皆の分まで頑張ろうと思えるようになった」。今月から別の仕事を始めるという。

松末地区に住む友人夫婦2人を亡くしたという農業、井上富男さん(69)は「2年たってもあの時の恐怖は癒えない。もっと早く声をかけていれば救えたのではと後悔している」と涙ぐんだ。

九州北部豪雨から2年を迎え、追悼式で献花する遺族(5日午後、福岡県東峰村)

九州北部豪雨から2年を迎え、追悼式で献花する遺族(5日午後、福岡県東峰村)

2018年7月の西日本豪雨に続き、今年も鹿児島や宮崎を中心に大雨が降るなど、大きな水害が繰り返されている。「強い雨予報が出ると、早めに避難しようと思うようになった。同じ被害を2度と起こさせないようにと思う」と話した。

福岡県東峰村では正午から追悼式が開かれ、渋谷博昭村長は式辞で「未来を担う子供たちのために復興、復旧の歩みを進めたい」と述べた。会場ステージには白やピンク色の花で彩られたモニュメントが備え付けられ、出席者が献花した。

集落跡に設けた祭壇に手を合わせる住民ら(5日午前、朝倉市の道目木地区)

集落跡に設けた祭壇に手を合わせる住民ら(5日午前、朝倉市の道目木地区)

住民4人が犠牲になった朝倉市の道目木地区では5日午前、集落跡地に住民らが祭壇を設置した。今は離れた場所に住む足立幸子さん(64)は、亡くなった鬼塚功二さん(当時62)とは「さっちゃん、こうちゃん」と呼び合う仲。栽培していたキウイフルーツをよく分けてくれたといい「この時期になると4人のことを思い出す」と手を合わせた。

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