「国宝」運ぶ日本通運の専門チーム 失敗は許されない

毛糠 秀樹
ビジネス
2019/7/5 11:00
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奈良県宇陀市。山深い清流のほとりに室生寺の境内は広がる。

6月初め、快晴の朝。金堂を仰ぐ70段あまりの鎧坂(よろいざか)。しじまを破るように、上り口にユニホーム姿の男女がそろった。日本通運の面々だ。東京・上野の国立博物館での展示に向け、国宝や重要文化財の仏像を運び出す作業がまもなく始まる。いずれも千年をはるかに超え、生きとし生けるものを照らし続けてきた「みほとけ」たちだ。

関東美術品支店の山本千里さん(47)をリーダーとした約20人。金堂に入ると、隅々まで回り、仏像はもちろんのこと建物の床や柱を傷めぬよう、細心の保護をほどこす。

輸送用トラックは金堂に横付けすることができない。像を固定する専用の木枠や、収納する大型の箱、梱包用資材などを運び上げるため、黙々と石段を行き来する。

東京へと向かうのは国宝の十一面観音菩薩立像(9~10世紀)、重要文化財の地蔵菩薩立像(10世紀)、それに十二神将立像(13世紀)のうちの一部。

「とにかく貴重な文化財ですから、傷つけないことを最優先に」。プロとしての腕の見せどころは「非日常」からくる影響をゼロにすること。

本来、立って安置されているみほとけたちを、持ち上げ、動かし、時には寝せて箱に入れねばならない。加えて、数百キロに及ぶ移動もある。

仏像を担ぎ「鎧坂」の石段を下りる日通の専門部隊=湯澤華織撮影

仏像を担ぎ「鎧坂」の石段を下りる日通の専門部隊=湯澤華織撮影

作業中は、大声で指示が飛ぶこともない。静かな緊張感とでも言おうか、プログラムされたような、むだのないチームワークが鮮やかだ。

山本さんは、日本を代表するトランスポーターの中でも、27年間、美術品の梱包や運搬ひと筋に歩んだ。時に海外まで輸送することも。このチームがなければ、日本の文化のリアルは国内外へ広まっていくことはなかったにちがいない。

「自分は、こればっかりやってきてるんで。今さら、普通の引っ越しをやってくれ、と言われてもできません」。自らのプロフィルを笑いに紛らすが、言葉の外には「美術品のことならまかせてくれ」との自負がのぞく。

仏像の細い指先や瓔珞(ようらく)と言われる繊細な装身具には、とりわけ神経を使う。クッション材として使われているのは、綿を和紙でくるんだオリジナルの用具。使う場所により、大小さまざまに準備されている。

仏像を運搬用の木製の担架に乗せるときも、動いて傷つかないよう細心の注意を払う

仏像を運搬用の木製の担架に乗せるときも、動いて傷つかないよう細心の注意を払う

ロール状の和紙もあり、必要な長さに切っては、包み込むように用いたり、丸めたり。丸め方の強弱で柔らかさを調整し、像にあてがう。「フワフワ、取って」とか「クシャクシャ、ないか」などと、妙に呼び名がかわいらしい。

和紙を多用するのは、化学的に中性で、像と反応することがないように、との配慮だ。「堅いのか」「もろいのか」、素手で像の木肌を確かめながらの作業が続く。

梱包用の箱や資材などは、使い回しはしないという。「失敗」の2文字が許されない仕事。歴史がはぐくんだ祈りの対象に触れているという敬虔(けいけん)な空気がチームを包んでいた。

作業は2日間にわたった。箱に納まった観音像や菩薩像が、木製の担架に乗せられ、ゆっくりと流れるように石段を下っていく。エア・サスペンションとエアコンを完備したトラックで、一路、東へ。

後を追うかのように、鎧坂を青い梅の実が転がっていった。寺の女性職員がしきりにスマホのシャッターを切る。長い旅路が安らかなることを祈るかのように。

金堂内に並び鎮座する仏像たち。宝物殿に移されるものもあり、今後はこの様子を見ることはできない

金堂内に並び鎮座する仏像たち。宝物殿に移されるものもあり、今後はこの様子を見ることはできない

 この金堂で多くの修行者と向き合い、善男善女からあがめられてきた仏像たち。今回、外へと出れば、次に戻るのは鎧坂の下に新設された宝物殿。空調や照明が整った施設で、寺宝を遠い未来へと受け継ぐための決断である。金堂の中で並んで鎮座する姿を以後見ることはできない。みほとけにとって新たな歴史が刻まれるわけだ。
 坂の石積みは長年の祈りへの歩みに磨かれ、鈍い鏡のように令和の新緑を映していた。作業の始まる前、開け放った扉の奥に、国宝の十一面観音菩薩立像の顔が浮かび上がった。唇に残る平安初期の紅(べに)も門出のよそおいに見えた。
「特別企画 奈良大和四寺のみほとけ」展は東京国立博物館にて9月23日まで開催。

(毛糠秀樹)

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