2019年8月23日(金)

EU人事で独仏密約 メルケル首相の「一石二鳥」
欧州総局編集委員 赤川省吾

英EU離脱
ドイツ政局
2019/7/3 13:02
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欧州連合(EU)は6月30日から7月2日まで3日間にわたって開いた臨時首脳会議で欧州委員長にドイツのフォンデアライエン国防相、欧州中央銀行(ECB)総裁にフランスのラガルド国際通貨基金(IMF)専務理事を指名することを決めた。急浮上したかにみえる人選だが、メルケル独首相とマクロン仏大統領には巧妙な政治計算と周到な準備があった。

EU人事は独仏首脳が「密室」で決めた(6月のEU首脳会議で話し合うメルケル独首相(左)とマクロン仏大統領=ロイター)

EU人事は独仏首脳が「密室」で決めた(6月のEU首脳会議で話し合うメルケル独首相(左)とマクロン仏大統領=ロイター)

噂は2月からあった。「フォンデアライエン国防相かアルトマイヤー経済相をブリュッセルに送り込む」。メルケル首相が所属する保守系与党キリスト教民主同盟(CDU)の幹部は取材に語っていた。

当時、CDUは5月の欧州議会選をにらんだ作戦会議を重ねていた。名前の挙がった2人の大物閣僚は、いずれもメルケル首相の信頼が厚く、欧州内での知名度も高い。保守政治家ながらリベラル思想に理解があり、国際センスもある。欧州議会選後にEU人事があるのをにらんでドイツの「切り札」として白羽の矢がたったのだ。

当人たちは番記者にも自らの人事について多くを語らなかったが、心構えがあったのは確かだ。特にフォンデアライエン氏はブリュッセル生まれ。「EU軍」の構想に前向きな姿勢をたびたびみせた。欧州統合への情熱は言葉の端々からにじみ出た。

だが人選には「適材」という理由のほかに2つの国内事情がからんでいる。

まずは論功行賞。フォンデアライエン氏は長年にわたってメルケル氏を支え、一時は後継者と目されたこともある。だが上昇志向の強さが党内で嫌われ、2018年には首相レースから完全に脱落した。だからこそメルケル氏は別のポストで報いる必要があった。

メルケル首相は21年の任期満了で首相を退くと明言し、前倒し選挙の観測もくすぶる。CDU内で「ポスト・メルケル」をにらんだ動きが加速していることも背中を押した。

次世代を担う人材に重要閣僚を任せて人気を高め、総選挙に備える――。そんな構想が浮かび、フォンデアライエン国防相がEUに転じれば内閣改造のチャンスとなる。かなり前から党内ではクランプカレンバウアーCDU党首らの入閣が取り沙汰されていた。

そんな思惑があったにもかかわらず、メルケル氏は「フォンデアライエン案」を最終局面まで秘蔵。当初はドイツの保守系地域政党のキリスト教社会同盟(CSU)出身のウェーバー欧州議会議員を欧州委員長に推した。

マクロン大統領が閣僚経験もなく、知名度の低いウェーバー氏に反対していたため、実現するわけがなかった。「フランスの意向に反する決断はしない」と6月の記者会見でメルケル氏も断言している。それでも表向きウェーバー氏を擁立したのは、メルケル政権を支える連立与党の一角であるCSUに恩を売りたかったからだとされる。

メルケル氏にとって今回の人事案件は予想を上回る出来だった。自らの子飼いをEUトップに送り込み、政権浮揚のための内閣改造という手札も手に入れた。まさに一石二鳥。独紙フランクフルター・アルゲマイネは3日、「メルケル氏が安心して政界引退できる」と論評した。

一方、マクロン氏にも悪い妥協策ではなかった。欧州委員長とECB総裁の双璧に女性が並び、EU大統領には43歳のミシェル・ベルギー首相が就く。欧州の顔に「女性」「若手」を選んだことは新鮮さと多様性を売り物にするマクロン陣営にはプラスだ。仏政界でもフォンデアライエン国防相のEU転身案は首脳会議前からささやかれており、「欧州委員長で処遇したらどうか」と促したのはマクロン氏だったと独紙ウェルトは報じる。

はっきりしたのは3日間にわたって首脳会議を開いたにもかかわらず、人事の最終案は独仏首脳が密室で決めたことだ。軽視された欧州議会議員のあいだでは脱力感が広がり、ドイツ与党内にすら不透明な決定過程に批判の声がある。

ただ欧州の戦後史を振り返れば重要局面で必ず「独仏密約」が登場する。

1989年にベルリンの壁が崩壊した際、フランスがドイツ再統一を認める代わりに、ドイツは通貨マルクを手放すことを約束。それが通貨ユーロに結実する。ECBが誕生すると、フランスはドイツが推すオランダ出身のドイセンベルク氏を初代総裁として認めるが、後任はフランス人のトリシェ氏にするという公然の秘密があった。

今後の焦点は新しい執行部がEUをどこに導くのか。特にフォンデアライエン氏の役割は大きい。2020年下半期にドイツがEU議長国となればメルケル首相と並んで欧州を取り仕切る。ドイツ出身で1950~60年代に活躍した欧州経済共同体(EEC)のハルシュタイン委員長は西独を欧州に組み込むことに執念を燃やした。それ以来のドイツ人トップとなるフォンデアライエン次期欧州委員長の手腕が問われる。

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