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選手村でテロ、11人犠牲に 1972年ミュンヘン五輪

選手団11人が犠牲となった五輪史上最悪の悲劇は1972年ミュンヘン五輪の会期中に起きた。9月5日、パレスチナのゲリラ集団が選手村のイスラエル宿舎を襲撃、2人を殺害するとともに選手らを人質に収監中のパレスチナ人の解放を求めた。

同日夜、9人の人質とともに空軍飛行場に向かったゲリラに対し警官隊、軍隊が救出作戦を決行したものの失敗。銃撃戦に発展し人質全員が死亡した。

大会は中止も取り沙汰されたが、国際オリンピック委員会(IOC)のブランデージ会長は「中止はテロに屈服することにつながる」と主張。IOCは1日ずつ競技実施を繰り下げた上での大会続行を決定した。

開催国西ドイツ(現ドイツ)の警備体勢の甘さが問題視され、世界中の目が集まる祭典を狙ったテロの脅威への認識が高まった。しかし96年アトランタ五輪でも爆弾事件が起き2人が死亡。スポーツ大会を狙うテロは今もあり、東京五輪でもテロ対策は重要課題だ。

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