アイアコッカ氏死去 クライスラー元会長

2019/7/3 11:49
保存
共有
印刷
その他

1970年代に黄金期にあったフォード・モーターの社長を務め、その後80年代は破綻の危機にあったクライスラー(現フィアット・クライスラー・オートモービルズ)会長として同社を救ったリー・アイアコッカ氏が2日、死去した。94歳だった。米メディアが相次いで報じた。自動車業界にとどまらず米産業界を代表する経営者として同氏を評価する声は多い。

リー・アイアコッカ氏(2003年)=ロイター

リー・アイアコッカ氏(2003年)=ロイター

フォードの販売部門で頭角を現したアイアコッカ氏は60年に同社のフォード部門のトップに就任。今も残る名車「マスタング」の開発を指揮するなど、同社の躍進を支えた。

70年にフォード社長となり業績を拡大させるが会長だった創業家のヘンリー・フォード2世と衝突。78年に社長職を解任された。ただ、79年にはクライスラーの会長兼最高経営責任者(CEO)に就任し、自動車業界に返り咲いた。

当時の米自動車メーカーは2度の石油ショックで新車需要が落ち込み、ビッグスリーで最も規模の小さかったクライスラーは破綻の危機にあった。アイアコッカ氏は就任直後に米政府から15億ドルの債務保証を取り付けるなど会社救済に剛腕を発揮した。コスト削減も推し進め、自身の給与を1ドルに引き下げている。

ガソリン高を受けた日本車の輸入増と米メーカーの不振を問題視した米政府は、クライスラー救済と同時に日本に対米輸出の削減を求めた。日本車メーカーは81年に輸出台数の自主規制に追い込まれた。

政府の支援で息を吹き返したクライスラーは85年に当時の三菱自動車工業と米国での合弁生産契約を締結。日本で記者会見したアイアコッカ氏は「日本が守るべきなのは自国市場ではなく米国市場だ」と主張し、円安是正や市場開放を訴えた。

92年にクライスラーを辞め引退生活に入ったが、99年に電気自動車(EV)会社を立ち上げるなど常に自動車の世界に関わり続けた。

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]