先生は弁護士 いじめ、勉強…学校現場の悩みはお任せ

東京都内の私立中高一貫校に、教員と弁護士の二足のわらじを履く「先生」がいる。いじめや不登校、教師の労働環境、モンスターペアレントなど、現代の教育現場が抱える課題は複雑だ。それだけに、教員兼弁護士の出番は広がっているという。「学校の困りごとの一番近くにいてトラブルを解決する」ことをモットーとする神内聡さん(41)のオシゴトに迫る。
学校内弁護士ってどんな働き方ですか。
私は、淑徳中学校・高校(東京・板橋)に勤務する社会科教師であり、弁護士としても働いています。つまり兼業なんです。
学校の顧問弁護士ではないのかとか、最近各地の教育委員会が導入している「スクールロイヤー」と何が違うのかなどよく聞かれますので、私が弁護士も兼業する教師として採用された経緯をお話しましょう。
大学の学部時代は、かなり苦労して社会科の教員免許をとりました。淑徳中高に勤務していた2008年に司法試験に合格し、弁護士になりました。その後、しばらくは教員ではなく弁護士に専念していたのですが、当時の淑徳の校長から「学校で教えながら弁護士としても働いたらどうか」と誘われたのです。そんなことできるのか?と思いましたが、校長先生は本気でした。
ここは強調しますが、淑徳にトラブルがあったわけではありません。キャリア教育を充実させるために、教員以外の経験のある多様な人材を教師に迎えたかったのです。だから、淑徳には宇宙航空研究開発機構(JAXA)に勤務したことがある理科の先生もいます。
現在、業務時間の比率は教師8:弁護士2です。学校では授業のほかに担任の業務、部活動の顧問もしています。授業がない月曜と金曜の午前や、平日の学校勤務のあとに弁護士の仕事をします。淑徳だけでなく他の学校法人など顧問先は実はけっこう多くて、週に2、3件は相談がきます。学校内でけがをしたとか、人間関係のトラブルとか、相談内容もいろいろです。学校関係以外の案件も引き受けています。虐待案件や離婚、相続、不動産、医療事故などです。
ふだん、学校ではあくまで教師なので弁護士であることを生徒にあまり意識させないようにしています。でも、ときには生徒たちに「相手の言い分を聞いて考えさせる」みたいに、弁護士っぽいニュアンスも小出しにしたりしています。
自治体のスクールロイヤーなどとは違うのですか。
国が数年前からスクールロイヤーに着目するようになって、各地でいろんな弁護士さんがスクールロイヤーと呼ばれるようになりました。スクールロイヤーには大きく分けて3つの種類あるようです。

一つは相談型。教育委員会が依頼する弁護士を決めているパターンで、ほとんどがこの形態です。ただし、担当する弁護士が必ずしも教育に詳しいわけではないことも多く、問題の解決にはあまり有効ではないなという印象です。
次が、職員兼務型。教育委員会や学校法人に雇用される弁護士です。最近増えていて、私も注目しています。ふだんから教育現場のそばにいますから、トラブルがおきたときにすぐに対応できます。
そして3つ目が、教員兼務型で、今のところ、おそらく日本で私だけだと思います。
スクールロイヤーが注目されるようになったのは、教育現場の人だけでは解決できない問題が増えてきたためです。特にいじめについては、2013年にいじめ防止対策推進法が施行され、現場の裁量ではなく法律にのっとった対応が必要になりました。ほかにも、教員の労働環境や保護者対策など、教育現場が抱える問題は、以前より複雑かつ法律の知識が必要になってきています。それで、弁護士の出番が増えてきたというわけです。
弁護士と教員を兼務する利点はいろいろあります。普段から生徒や教職員の雰囲気、保護者の情報がわかっているので、弁護士としての判断材料が多いです。依頼主が淑徳でない場合でも、教師なので状況が理解しやすく、他校の教師たちも管理職を通さずに直接相談してくれることもあります。
なぜ学校内弁護士になったのですか。
淑徳で兼務を認めてくれたからというのがきっかけではありますが、教育現場と弁護士という課題にはもっと前から気づいていました。
大学院では専攻を変えまして、教育学を修めました。日本と欧米の教育制度や学級運営の仕組みの違いなどに興味があったのです。その後、夜間の法科大学院に通って司法試験に合格、しばらくは弁護士だけをしていたときに、弁護士のほとんどは教育現場を知らなすぎると痛感しました。
日本では弁護士は「裁判やって一人前」という風潮があります。教育現場に詳しくない弁護士だと、「裁判だ!」と言い出して学校と対決姿勢に入ってしまい、解決に時間がかかったり学校に子どもが行きづらくなってしまったりするのです。結局、子どものためになっていませんよね。

実は、もう一つきっかけがありました。弁護士専業だったころに、医師と弁護士を兼業している人がいることを知ったのです。大学病院に医師として勤務しながら、診療費の不払いとか、訴訟とかに弁護士としてかかわっているらしい。これだと思いました。
日本では、弁護士と言えば裁判みたいに思われていますが、欧米では裁判だけやっている弁護士は少数派なのです。多くの人は、企業に勤務するなど全く違う仕事をしながら、弁護士として司法の知識を発揮しているのです。
教員であり弁護士という立場なら、学校の困りごとの一番そばにいて、トラブルの解決に貢献できるのではないか。そう考えました。
キャリアの足し算ですね。
これからキャリアを考える若い世代には、新卒で一斉に就職するとか、みんな同じリクルートスーツで就活するような同調圧力とかは、日本だけの話で異様だということに気づいてほしいです。早く社会にでることも大切ですが、様々な学問をじっくり勉強するのもいいですよ。実体験があるから言いますが、2つ以上の専門性をもつと相乗効果があります。1+1=2以上なんです。
弁護士の世界でも同じ。今、弁護士は余り気味といわれていますが、+αの何かがあると強いです。たとえば、弁護士+ゲームの知識、とかね。
法律は、社会の共通言語です。弁護士は法律の知識をもち、事実認定をする訓練を受けていて、交渉力もある。弁護士が裁判からもっと外に出て、様々な場面で活躍する社会こそ、真の法治国家だと考えています。+αの強みを持った後輩がどんどん登場するといいなと願っています。
(聞き手 藤原仁美)
22歳(2001年) 東大法学部卒。専攻は政治学。法学部の授業のかたわら、歴史の授業を文学部で受講するなど「ものすごく大変な教職課程を修了し」社会科の教員免許を取得
24歳(2003年) 東大大学院修了。教育学を専攻。学者のポストはなかなか見つからず、教員に
30歳(2008年) 筑波大法科大学院を卒業後、司法試験に合格、弁護士に。夜間大学院だったので様々な業界出身で司法を目指した仲間に出会った
33歳(2012年) 淑徳中高で教師兼弁護士として働き始める
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