2019年8月26日(月)

プーチン氏の後任はボディーガード?(The Economist)

The Economist
2019/6/25 2:00
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ロシアのプーチン大統領がその晩泊まっていた山の別荘にクマが出没した時、プーチン氏は上の階で眠っていた。別荘のガラス扉越しに、そのクマを凝視したという同氏のボディーガード、アレクセイ・ジューミン氏は「大きなクマだった」と振り返る。そして「ドアを開け、クマの足元に向けて発砲した」という。クマは賢明にも体の向きを変え、逃げ出したそうだ。

プーチン氏のボディーガードだったジューミン氏(左)がトゥーラ州知事に登用されたのは、彼がプーチン氏のホッケー仲間だったことが大きいとされる=ロイター

プーチン氏のボディーガードだったジューミン氏(左)がトゥーラ州知事に登用されたのは、彼がプーチン氏のホッケー仲間だったことが大きいとされる=ロイター

政治家とその警護にあたる人物が信頼関係を築くのは珍しくない。だがプーチン氏のロシア連邦警護庁(FSO)の警護員たちとの関係は、他の政治家とボディーガードのそれより近い。2016年以降、同氏は自身の護衛を務めた警護責任者4人を州知事に任命した。通常なら決して目立たない存在だが、注目を集める政治家へと、華麗なる転身を遂げさせたのだ。さらにもう1人の警護責任者を16年に新設した国家親衛隊(編集注、プーチン氏直轄で、テロ対策や社会秩序の維持、国境や重要な国家施設を警護する)の司令官にも指名した。

ジューミン氏はその後、13年に国防省幹部に登用され、特殊部隊の指揮を執るようになり、14年のクリミア併合を主導したといわれる。16年には、モスクワ南部の軍事産業が盛んなトゥーラ州の知事に就任した。「まるで執事がいきなり公爵に叙されたかのようだった」とロシアの情報・警備機関の専門家であるマーク・ガレオッティ氏は当時の驚きを表現する。

■プーチン大統領の任期は2024年5月まで

プーチン氏の警護員たちが登用されるようになったのは、ロシア政府の優先事項が変わったことを反映している。すなわち、当初はプーチン氏を守るのが狙いだったが、同氏が築き上げたシステムの長期維持が優先課題になったということだ。憲法が許す大統領としての最後の任期が終わりに近づくに従い(編集注、同氏の任期は24年5月まで)、ポスト・プーチン時代の到来が現実味を帯びつつある。

プーチン氏は世代交代を進めるべく、高齢の側近らを新たな幹部と入れ替えようとしてきた。旧ソ連時代は共産党や共産主義青年同盟(コムソモール)が有能な人材を発掘し、彼らを「テクノクラート」と呼ぶ専門知識を持つ官僚に育成し、地方や省庁のトップに抜てきしていた。だが現在の政府組織では優秀な人材を昇進させていく仕組みがないことから、プーチン氏は有能な人材を発掘するためにリーダーシップを競う全国大会を立ち上げ、開催してきた。

しかし、プーチン氏が今も最も信頼を置いているのは、自身がよく知る人物だ。ロシアの最高指導者になって20年近くたつ今、最もよく知る人物とはすなわち、日常的にプーチン氏のそばにいる警護員であることが多い。

■ボディーガードはプーチン氏との近さが強み

謎に包まれたロシアの情報機関の世界で、FSOは極めて高い地位を占めている。ロシア連邦保安局(FSB)のように強い捜査権限もなければ、海外諜報活動といった華々しさや名声はないが、複雑で権力闘争が絶えないロシア政府にあってFSOは「(プーチン氏に)近い」という、これ以上ない強みを持つ。政治アナリストのコンスタンティン・ガーゼ氏が「近さは力なり」と評するゆえんだ。

FSOのスタッフは、プーチン氏がどこへ行っても行動を共にするだけでなく、同氏の自宅でシェフも務める。こうしたことが、彼らにロシアのエリート層に食い込む機会を与える。例えば、冒頭のジューミン氏は、プーチン氏が夜アイスホッケーを楽しむ際、一緒にプレーする常連だった。このアイスホッケーの場は、非公式ながら重要な会合の場として知られる。ジューミン氏はこうして、政治家という表舞台に躍り出た。

そのためFSOには、自分たちは「選ばれしエリートだ」との意識があり、彼らを近衛兵とやゆする人もいる。ロシア政府に近いコンサルタントのエフゲニー・ミンチェンコ氏によると、彼らは「マスケティアーズ(三銃士)」と呼ばれるのを好むらしい。

FSOの権限は、銃を携帯し、プーチン氏を攻撃から守るといった従来のボディーガードにとどまらない。世論調査の実施から、その分析、連邦政府が所有する広大な土地の管理まで任されている。政府の様々な通信も守っているとされるが、ジャーナリストのアンドレイ・ソルダトフ氏は、これはFSOが政府の通信内容を知る立場にもあることを示していると指摘する。

FSOはプーチン氏に出す諜報活動の報告書作成だけでなく、経済や社会情勢を監視し政策の優先順位を決める各地の統合情勢センターの運営も担う。プーチン氏は昨年、「情報戦を戦う手段、ロシアの情報源へのサイバー攻撃に対する検出、警告、被害管理」を練るようFSOに課した。また、プーチン政権の最新の社会、経済政策の実施状況を追うようにも命じた。

■州知事に登用してもその資質には疑問

そもそも政府重鎮のボディーガードは、ロシア政治の枠組みでは長年、重要な役割を果たしてきた。FSOの発祥は1881年、皇帝アレクサンドル3世が父親の暗殺を受けて設立した警備隊にさかのぼる。「彼らは常に一般人から要人を守ってきた」と旧ソ連国家保安委員会(KGB)で将軍を務めたゲンナジー・グトコフ氏は言う。旧ソ連時代初期にスターリンの護衛を務めたニコライ・ヴラシク氏は、国策からスターリンの子供の世話まであらゆることを担った(だが、最終的にはグラーグ=強制労働収容所=送りとなった)。

警備隊はその後KGBに編入され、第9局(KGB警護部)となった。ソ連崩壊後、エリツィン大統領(当時)の護衛であり、盟友かつ飲み友達でもあったアレクサンドル・コルジャコフ氏は第9局の残骸をよせ集め、新たな警備機関を設立した。ロシア政府で最も影響力ある一人となった彼は、「エリツィン氏が『今日の仕事は終わったから、2人でコニャックを飲もう』と言って一緒に飲むのが習慣だった」と当時を振り返る。

プーチン氏は政権を握ると、元同僚のエフゲニー・ムロフ氏をFSO長官に任命した。ムロフ氏の下、「FSOは政府の中枢を担うエリートらを監視する役目を担うようになった」とガレオッティ氏は説明する。一方、FSO幹部はその地位を利用して私腹を肥やしてきたことでも知られる。ジャーナリストの団体「組織犯罪と汚職報道プロジェクト」とロシアの独立系新聞、ノーヴァヤ・ガゼータ紙の調査によると、一部のFSO幹部はわずかな資金で広大な一等地を入手している。

ムロフ氏が2016年に退任して以降、FSOは弱体化したとされるが、FSO出身者らのその後の身の振り方を見る限り、依然として大きな影響力を持つことがうかがえる。ジューミン氏をプーチン氏の後継者候補とみるアナリストさえいるほどだ。

だが「三銃士」が政治家として活躍できるかは未知数だ。今のところ、政治家の資質があるとみられる人はほぼいない。プーチン氏の元ボディーガードの1人は昨年、ロシアの反体制指導者アレクセイ・ナワリニー氏に決闘を申し込む内容の不可思議な動画メッセージを公表し、ネットの笑いものになった。もう1人はカリーニングラード州知事就任からわずか2カ月で辞任し、その後、非常事態相に任命された。さらにもう1人は今月前半、アストラハン州知事への就任から10カ月もたたずして、唐突に辞職した。

1つだけ確実に言えることがある。プーチン氏の命令がなんであろうと、彼らは必ず従うだろう。「プーチン氏から与えられた任務に『NO』と答えたことは一度もない」というジューミン氏の発言がすべてを物語っている。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. June 22, 2019 All rights reserved.

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