「神栖メンチ」 ピーマン王国・茨城の必殺パンチ?
探訪!ご当地ブランド(4)

東京駅を出発した高速バスの車窓は、千葉県に入って東関東自動車道で利根川へ向かうあたりから、牧歌的な田園風景へ姿を変えた。さすがに関東平野。筑波山の山影が見える以外は、やたらと空が広い。今回の目的地は千葉県銚子市の対岸、茨城県東南端の神栖市である。
きっかけは、茨城県生まれで現在、水戸市に勤務する友人から寄せられた情報だ。「行ったことはないけど、ピーマン生産量日本一ということで『神栖メンチ』が人気みたいですよ」。生粋の茨城県人ですらこんな具合。もしや新聞業界でいう「スクープ」に遭遇するかも……。期待は募る一方だ。
映画「翔んで埼玉」を見て以来、千葉県民の筆者には、茨城県が盟友に思えてならない。「ダサいたま」と田舎臭さで並び称される「チバラキ」である。水戸納豆は朝食の定番メニューだし、近場の軽登山なら、高尾山より筑波山だ。それにしても水戸、つくば、日立、土浦など茨城各地はかなり回ったつもりだが、取材直前まで神栖市の所在は知らなかった。しかし、不明を恥じる必要もなさそうだ。何せ市のイメージキャラクターは「カミスココくん」。茨城県の地形を顔にしたマスコットが、耳を赤い棒で「神栖はここ!」と指しているのだから。

高速バスの終点が鹿島セントラルホテルだ。多い時は10分に1本、1日に100本近く東京―神栖間を往復しているというから驚く。鹿島臨海工業地帯があるためだ。90分で到着したホテルの売店で、すぐに目に飛び込んだのが「神栖市産ピーマンソフト」のポスター。さすがにピーマン生産量日本一の地である。
何はともあれ「神栖メンチ」を求めて、現場へGO!
ホテルからタクシーで十数分。まず「そば処・砂場」で、ざるそばと共に食したのが、厳選おつまみメニューと書かれた神栖メンチ(600円)だ。気さくなおばちゃんが配膳してくれたそれは、長さ約15センチの棒状の神栖市産ピーマン入りのメンチ(1本85グラム)を、ザックリ2つに切った2本分。「最初はソースを付けずに召し上がってください」。カリカリの揚げたてメンチをハフハフしながらかじると、豚、鶏のひき肉と細かく刻んだピーマン、タマネギが混じり合った甘辛くジューシーな肉汁が口中に広がり、食欲が目を覚ました。味も通常のメンチカツより奥深く、そばとの相性もいい。これはピーマンが苦手な人でもイケるのでは?

この商品の販売元である鹿島食品(神栖市、大槻真人社長)を訪ね、話を聞いた。直接開発に携わった大槻正毅専務と、業務本部購買課の川崎政則課長だ。
――戦後、進駐軍の要請によって当地でピーマン栽培が始まったと聞きましたが、今やピーマン生産量が日本一だとか。
「はい。市も特産品づくりに力を入れており、社長は『神栖ピーマンの名を広めたい』と言い続けていました。試行錯誤の末、2014年夏にメーカーと共同開発したのが現在の商品で、メンチの主原料はすべて神栖市産。15年2月には市の地域特産品事業認定品に選ばれました」
――ピーマンが嫌いな人が多いのでは?
「そのため誰でも食べられるようピーマンと国産豚、鶏肉との配合度合いなどをかなり研究しましたね。市内の飲食店や特産品販売店のほか、16年4月からは学校給食用にも納入しています。2カ月に1回、小学生には1個45グラムの丸型、中学生は1個55グラムの小判型の半製品を。また85グラム10本入りの冷凍製品は、神栖市のふるさと納税品にも採用されました」
――全国的には知名度がイマイチな気が。
「そうですね。15年11月に静岡県長泉町で開かれた『ご当地メンチカツサミット』でも、『神栖ってどう読むの?』とお客さんに聞かれましたし。逆に、珍しいので大行列でした。今年3月には福島県三春町で行われた『全国あげものサミットFINAL』にも参加しました。Jリーグの鹿島アントラーズの試合の日は、カシマスタジアムで食べ歩けるスナック感覚の商品を売っています」

なるほど。じわじわと攻略は進んでいるわけだ。同市の企業港湾商工課主幹の斉藤千佳さんに神栖メンチに出合える店をリストアップしてもらい、足を運んだのが、特産品などの直売所「WINDS BASE」だ。店内をのぞくと、確かに冷凍の神栖メンチは置いてあるものの、最近までやっていた1本180円で揚げたてを提供する方式は休止していた。「人手不足でねえ。でも形崩れせず揚げやすくておいしいから、近所の人たちはよく冷凍品を買いに来ますよ」と女性店員。
しかし、取材で乗ったタクシーの運転手全員に「神栖メンチって聞いたことありますか?」と尋ねたが、知らない運転手が多かったのが少し気になる。
その夜、神栖メンチと2回目の直接対決をするため、居酒屋「庄や鹿嶋パークホテル店」へ向かった。ミニトマトにキャベツ、レタス、レモンが載った皿にマヨネーズ、辛子を添えた神栖メンチは、基本は1人前3本(85グラム×3個)だが、本数は要相談だとか。広大な市域を巡ったご褒美気分で、ビールと共に味わっていると、白石拓也店長が「イチ押しはやっぱり魚介類ですが、神栖メンチは年配層にも『割とあっさりしている』と人気だし、30歳代のお客さんは3本完食しますよ」と教えてくれた。神栖メンチはブレーク途上の商品なのだろう。

それにしても、神栖ピーマンのPR努力は侮れない。翌日、市の斉藤主幹に同行してもらったアトンパレスホテルでは、「パーティー用アラカルトとして、ピーマンの握りずし、巾着ずしなどの変わり種メニューを提供しています」(高野準子さん)。また、昼食に寄った「焼肉レストラン庄花亭」では、「ピーマン入り餃子定食」を作ってくれた。「神栖産 激うま!!」とメニューに掲げるだけあって、ギョーザに仕込まれた刻みピーマンの裏技のすごさに舌鼓を打った。
聞き込みを続けるうちに「わらしべ長者」のように次々と面白い人と出会えるのが、この仕事の醍醐味である。庄花亭から電話をすると、車で迎えに来てくれたのは、1747年から270年以上続く「恵日山長照寺」23代目住職の吉本栄昶さんだ。広島出身だが、「前の住職が夜逃げして18年前、急きょ派遣されたのが私。ボロボロの寺を任され、宅配便会社でアルバイトもやって円形脱毛症になりました」。
思わず噴き出した。僧侶とは思えない明るいキャラクターで、落語家(芸名・神栖亭南夢明)でもあり、名古屋のラジオにも出演する人気者だ。この住職こそ、神栖市産ピーマンを使った乾麺「うどっぴー」の開発者なのだ。商品は静岡県伊豆の国市の製麺所で天日干し、手作りで製造しているとか。

住職と一緒に納品に行った居酒屋「わいわい和海(なごみ)」で夕方、「冷やしうどっぴー食べ比べセット」を食すと、これまた実にうまい。店主の川村鉄夫さん、和子さん夫妻は「あんな面白い人がいるから地元も活気が出る」と口をそろえる。住職の苦労の話題が、味に深みを添えるようだ。
「ここでは農家がピーマンをタダでくれるから、わざわざ買いません」「農家は赤ピーマンを捨てちゃうけど、実は完熟ピーマンの方が甘いんですよ。でも、結局、焼きピーマンが一番おいしいんじゃないかな」。ご夫妻と話し込むうちに帰りのバスの時間が近づいてきた。最後に焼きピーマンを注文し、ビールを飲みつつほお張ると、コショウが効いた新鮮なピーマンの甘苦さとシャキッとした食感が、よそでは味わえないピーマン王国・神栖の存在感を主張している。

今秋には「いきいき茨城ゆめ国体」がある。バスの車窓から工場の夜景を眺めながら、神栖名物の花火大会のように、色とりどりのピーマンメニューがはじける姿を想像するのだった。
(ジャーナリスト 嶋沢裕志)
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