2019年7月17日(水)

帯広のインデアンカレー、スパイス30種で甘辛く
北海道・食の王国

サービス・食品
北海道・東北
2019/6/21 19:16
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北海道帯広市で庶民の味といえば「インデアンカレー」だ。1968年に1号店を出して以来、十勝エリアに絞って営業。1皿400円台で食べられる手ごろさを武器に年間300万食を売り上げる。30種類のスパイスが食欲をそそり、どこか懐かしい甘辛のルーがお腹を満たす。十勝が生んだソウルフードに迫る。

牛肉をふんだんに使ったまろやかなビーフカレーだ

牛肉をふんだんに使ったまろやかなビーフカレーだ

店舗は帯広地区に10店と、釧路地区に2店。平日午後に帯広駅から徒歩5分の「まちなか店」に入ると、広い店内にもかかわらずサラリーマンの列ができていた。メニューはカレーのみで、サラダやスープはない。

定番の「インデアンカレー(453円)」を頼むと、30秒ほどで牛肉をふんだんに使ったビーフカレーが出てきた。まろやかな味が口に広がる。トッピングの自由度も高く、鍋を持ち込んでルーを持ち帰ることもできるのも人気の源だ。

ルーは「インデアン」「ベーシック」「野菜」の3種類。帯広市内のセントラルキッチンで8~10時間コトコトと煮込み、各店舗に運ばれる。カツやハンバーグ、チーズといったトッピング全5種類を組み合わせることで、自分好みに仕上げる。常連の中谷全宏さんが「初めてなら半ライスにして2皿頼み、味の違いを楽しむのもあり」と楽しみ方を教えてくれた。

インデアンを展開するのは創業120年の藤森商会(帯広市)。もともとファミリーレストラン「ふじもり」を運営していたが、売れ筋商品だったカレーを独立させる形で1968年にインデアン1号店を出店した。

1号店を出した60年代後半は、牛丼の吉野家が全国展開を進め始めた時期と重なる。藤森商会がなぜカレー店を出したのか正確な記録は残っていないが、4代目の藤森裕康社長は「吉野家を脅威に感じた前社長が、圧倒的に売れる商品1つに特化しなければ今後は生き残れないと判断したのではないか」と話す。

年間300万食は、16万人強の帯広市民1人が年20食近く食べる規模だ。3~4割は鍋にルーを入れてもらう持ち帰り客で、一度に20食分の注文が入るのも珍しくない。ホテルで出されるような高級品ではなく、家庭的な味だから飽きもこない。季節によってスパイスやライスの中身を微妙に変える企業努力も長期間のヒットを支えてきた。

出店当時はカレー一皿が100円だった時代。ステンレス製の容器に入れて提供するスタイルは現在まで変わっていない。瀬戸物が主流だった当時は珍しさから客にも評判で、割れにくいので採算の面からみても重宝されたという。

平日の昼間には行列ができることもある(帯広市内の店舗)

平日の昼間には行列ができることもある(帯広市内の店舗)

味や価格だけでなく、地元密着で顧客の声はすぐに反映させてきた。例えばトッピングのカツに「大きくて食べにくい」というクレームが出ると、縦にも包丁を入れてスプーンに収まる一口サイズに変えた。鍋での持ち帰りサービスや文化祭への出店なども顧客の要望から生まれたものだ。

過去には札幌など大都市圏への出店も考えたが、品質の維持や他店との競争などを考慮して断念した。藤森商会は今後も十勝エリアを中心に年1店のペースでの出店を続ける計画だ。仮に十勝以外に出店するなら「帯広のような地方都市に出て行き、地元の人に愛される店にしたい」(藤森社長)と筋が通っている。

(向野崚)

■店名以外にも、大阪・金沢と共通点
 「インデアン」という名前のカレーチェーンは大阪市や金沢市にもある。大阪のインデアンは最初は甘く感じるが、食べ進むと辛くなる。金沢は甘辛いルーにカツやエビフライなどを乗せる。無関係の会社が経営するが、帯広と大阪のインデアンが共にターバンを巻いたインド人をロゴに使っているなど、店名以外にも共通点がある。
1号店を出したのは大阪のインデアンが1947年でもっとも古い。藤森商会が店名をなぜインデアンにしたのかは記録がなく、不明だ。ただカレー店を出す際に全国の有名店を行脚したといい「大阪のインデアンにも行ったことがある」(藤森社長)という。

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