2019年9月18日(水)

アップル、最適化しすぎたサプライチェーンのワナ
グロービス経営大学院・嶋田毅教授が読み解く

2019/6/28 4:30
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米中貿易戦争で関税引き上げなどの懸念が高まる中、アップルの株価が冴えません。売り上げの6割程度を占めてきた主力製品、iPhoneの生産のほとんどを中国に依存していることが原因と考えられます。追い打ちをかけるように、中国市場でのiPhoneの売り上げも下がっていました。この苦境を乗り越えるべく、アップルは製造拠点の分散化に乗り出しました。はたしてこれは適切な判断なのでしょうか?グロービス経営大学院の嶋田毅教授が、ビジネススクールで学ぶスキル「オペレーション戦略」の観点から解説します(もっと学びたい方はこちら)

【関連記事】アップル、中国への生産集中を回避 取引先に検討要請

オペレーションの中でも戦略と密に関連するのがサプライチェーン・マネジメントです。アマゾンやウォルマートといった企業も、非常に効果的なサプライチェーンをいち早く構築したことが、市場地位の確立に寄与してきました。

それに対して1990年代後半にスティーブ・ジョブズ氏が復活する前のアップルは、オペレーションがボロボロで、初期不良品や売れ残り在庫が多く、それゆえに業績もぱっとしませんでした。

サプライチェーン改革を主導したクック氏

そこでジョブズ氏はサプライチェーンの改革に乗り出します。販売については、アメリカでは販売代理店を2社に絞り込み、また小売店も絞り込んだことで、顧客に望ましい購買体験を与えるようにしました。流通マージンは下げましたが、その代わりに製品数を絞って回転率を高めることで、チャネルも潤うようにしたのです。

この頃まではアップルはパソコンを自社で内製していましたが、21世紀に入ってiPodやiPhoneが主力となって以降は生産も外部に委託するファブレスメーカーへと変身します。特に2000年代の頃は、自らは製品設計とマーケティングに特化し、部品は主に高品質な日本製あるいは韓国サムスン製のものを用い、組み立ては中国のEMSに任せる体制を取ったのです。その後は部品もどんどん中国製を増やしていきました。

さて、マイケル・トレーシー氏とフレッド・ウィアセーマ氏が提唱したフレームワークに「3つの価値基準」があります。これは、競争力のある企業は図2に示した要素の1つ以上を高い次元で満たす(かつ、他のものも並み以上のレベルにある)必要があるというものです。アップルは、見逃されがちですが、他の2つ以外の「オペレーショナル・エクセレンス」においても高いレベルにあり、だからこそ世界初の時価総額1兆ドル企業になれたのです。そしてそれを主導したのが現CEOのクック氏でした。

さて、ここで良いサプライチェーンの条件について考えてみましょう。いくつかの観点がありますが、以下が典型です。

(1)ビジョンや戦略(顧客への提供価値や差別化ポイントなど)との整合がある
(2)QCD+F(クオリティ、低コスト、デリバリー:納期と数量遵守、フレキシビリティ)が高いレベルにある
(3)模倣されにくい
(4)リスクに強い。何かトラブルがあった時も速やかに対応できる

今回の問題は主に(4)に関係します。中国に生産を集中しすぎたことが、同社のサプライチェーンの弱点になってしまい、それを是正しようというのです。ではなぜアップルはそもそも中国集中という政策をとってきたのでしょうか。

いくつかのポイントはありますが、中国が深圳を戦略的に特区とし、海外企業を積極的に呼び込んだことがアップルを引き付けるきっかけになりました。アップルはそこで徹底的に好ましいエコシステム(生態系)を構築することで、非常に費用対効果の高いサプライチェーンを構築したのです。

当面は少なからぬ混乱も

ただ、良く出来たサプライチェーンやそれを支えるエコシステムは、完成度が高くなるほど環境の変化に弱くなるという側面を持ちます。アップルが直面したジレンマもまさにこれです。現実には従前より一部をインドなどに移管し始めていたのですが、今回はそれを一気に加速しようという画期的なものです。当然、一時的に効率性は悪くなります。また、同社の複雑なサプライチェーン、そしてiPhoneという非常に完成度の高い製品を考えると、当面は少なからぬ混乱が起こることも予想されます。

このように、自社の強みが変化の妨げになることをコア・リジディティ(硬直性)と呼びます。企業も、そのリスクに全く気がついていないわけではないのですが、企業価値を高めるべくプレッシャーをかけてくる投資家の声を普段から受けていると、なかなか「平時」においては大胆な変更にはチャレンジできないのです。

今回のアップルの対応は、さすがに米中貿易戦争の可能性が無視しえないものになったからと考えられます。図3の右側をより重視したのが、今回の施策です。とはいえ、そうなると図左側のメリットが減ることになります。そこにどのように対応すべきなのでしょうか?いくつかのポイントを挙げましょう。

■ステークホルダーに丁寧に説明

やはり気になるのは、瞬間的に社内外のオペレーションが混乱する可能性です。クック氏は元々オペレーションのプロですからその方面に関する感度は高いはずですが、そうした意識を社内に改めて徹底する必要があります。また、記事中にもあるように、アップルが付き合いのあるサプライヤーは非常に多いので、彼らと速やかに対応策を練り込む必要があります。状況によっては、金銭的なことも含め、彼らに何かしらの便益を提供する必要性が生じるかもしれません。さらに、消費者や株主に丁寧なコミュニケーションを行い、そうした新しいリスクが生じることを納得してもらう必要性もあるでしょう。

■iPhone以外の売上比率を上げる

iPhoneに売り上げの6割近くを依存するのはやや偏り過ぎです(その点、マイクロソフトは、OSやハード、BtoBのクラウド事業など、非常に良い製品ポートフォリオを構築しています)。サービス事業が20%以上の売り上げとなるのはまだ先でしょうが、新しいサービス開発をどんどん進め、売り上げのポートフォリオを健全化することも必要でしょう。

■米中のキーパーソンにロビーイング

生産の中国離れは、中国消費者のiPhone離れを加速する可能性があります。もちろん、通常のマーケティング努力を行う必要があるのは当然ですが、それだけでは不足です。長期的な視点に立てば、貿易戦争は両国に好ましい結果をもたらしません。他の企業などとも連携し、米中両国のキーパーソンに地道にロビーイングすることも大切です。そのために、他国の企業も含め、味方を増やすことが必要です。

「選択と集中」と「適切なポートフォリオ」のバランスをどのようにとるかは、どの企業にとっても簡単ではありません。また、あまりに最適化しすぎたシステムを動かすには大きなエネルギーが必要です。アップルがこのチャレンジをどう乗り切るか注目されます。

オペレーション戦略」についてもっと知りたい方はこちらhttps://hodai.globis.co.jp/courses/42700d23(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修
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