2019年8月19日(月)

球場が呼んでいる(田尾安志)

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「野球を知っている」とはどういうことか

2019/6/23 6:30
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打率3割の打者でも、四死球などを除けば7割もの打席で凡退する。全力を尽くした上での失敗は次につながるから、それだけの凡退があってもチームはびくともしない。だが、怠慢さからくる凡ミスとなると話は違ってくる。チームの士気に水を差し、試合の流れを手放すことになりかねない。先日、そんな負の連鎖に阪神が陥った。

勝ち越し打も帳消しの走塁ミス

6月15日のオリックス戦。2-1の六回2死一塁から福留孝介の中前に抜けようかという当たりに二塁手が追い付き、二塁に投げて一塁走者の大山悠輔を刺した。この場面、なぜか大山は二塁ベースの手前で減速し、立ったままベースを踏みにいって触塁が遅れた。明らかなボーンヘッドで、これでは直前に自身が放った勝ち越し打の価値も半減というものだ。

トップスピードのまま滑り込むという当たり前のことをしていれば悠々セーフだった。2死一、二塁にできていれば、続く梅野隆太郎、原口文仁と好機に強い打者でさらに得点できていたかもしれない。福留が安打を1本損することもなかった。結局、阪神は九回に2点を奪われて逆転サヨナラ負け。六回に追加点を取れなかった事実がチーム、特に投手陣に重くのしかかり、敗戦の遠因になったといえる。

15日のオリックス戦で適時打を放ち、コーチとタッチを交わす阪神・大山。この直後、走塁でボーンヘッドを犯した=共同

15日のオリックス戦で適時打を放ち、コーチとタッチを交わす阪神・大山。この直後、走塁でボーンヘッドを犯した=共同

ああいうプレーを見る限り、大山は野球を知らないと言わざるを得ない。1球ごとにサインが出る野球は首脳陣によるプレーへの関与度が高い競技だが、それでもベンチが動かせるものは限られている。多くの部分では、あくまで選手が自分で考えてプレーすることで相手より有利な状況をつくり出し、試合の流れを引き寄せるというのが野球の本質。だからこそ、次に起こりうることを一つでも多く予測できる「野球を知っている選手」を多くそろえることが大事になる。

そういう高いレベルの選手を育てるにはどうするかと考えたとき、私は西武で経験した広岡達朗さんの野球を思い出す。

中日から移籍した1985年の春季キャンプ。当時監督だった広岡さんは、年に1回あるかどうかのプレーを何度も練習させた。例えば、1死一、三塁から一塁手と右翼手の間にファウルフライが上がったとき。一塁走者がタッチアップから二塁をうかがう。守備側は三塁走者に注意を払いつつ、併殺即チェンジを狙って近くの一塁走者を刺しにいく。そこで、待ってましたとばかりに三塁走者が本塁を奪う。

同じ一、三塁では別のパターンもある。挟まれた一塁走者が二塁に向かって走り、タッチされそうになった瞬間、外野方向に倒れ込む。タッチしようと追いかけてきた野手はバランスを崩し、走者が倒れた方向に重心が移る。ここで三塁走者がスタート。体勢が整っていない野手の送球は遅れ、得点できる可能性が高まる。

ほかに、一塁に走者がいて盗塁のサインが出たとき、打者が振り遅れた感じでバットを捕手側に向ける。そうすると捕手は恐怖感から一瞬、重心を前に持っていくことをちゅうちょし、二塁送球がワンテンポ遅れる。守備妨害にならない、すれすれのラインを探ったものだ。

そういう細かい練習をしていくと、次第に選手が「何かやってやろう」と自分で考えるようになる。相手のどこに隙があるのか、どうすれば相手の裏を突けるのか。次に起こりうることをいくつも想定して備えるから、何かが起きたときに冷静かつ適切に対処できる。年に1回あるかどうかのプレーの練習は決してそのためだけではなく、シーズンを通じて自ら考えて野球をする大事さを選手に植え付ける意味もあった。一つのプレーがあらゆることにつながっているのだと実感した。

次に起こりうることを予測する

そうした練習が結実した最たる例が、87年の巨人との日本シリーズで辻発彦が見せた「伝説の走塁」だ。西武の3勝2敗で迎えた第6戦、2-1の八回だった。秋山幸二の中前打で一塁走者の辻が一気に生還。単なる1点にとどまらない、巨人に引導を渡す決定的な得点となった。

肩の弱い中堅・クロマティが中継の遊撃・川相昌弘に緩い返球をする間、辻は猛然と三塁へ向かった。中堅への単打で一塁から三塁に進むのはよくあること。クロマティも川相も、三塁まではしょうがない、と諦めた節があった。一、三塁でプレー再開だ、と。

いまは西武を率いる辻監督。87年の日本シリーズで見せた走塁は「伝説」となっている=共同

いまは西武を率いる辻監督。87年の日本シリーズで見せた走塁は「伝説」となっている=共同

そんな2人の予測を超えた次元で走っていたのが辻だった。初めから「あわよくば本塁へ」と駆け、同じくためらいなく腕をぐるぐる回す伊原春樹・三塁コーチに導かれて三塁も回る。常識では考えられなかった「単打で一塁から生還」という離れ業は、起こりうるあらゆることを予測する西武野球の極致だった。

今年、巨人の中堅・丸佳浩が日本ハムとの交流戦でトリックプレーを見せた。頭上を越えようとする打球を、さも捕れるかのような構えを見せて走者の進塁を遅らせようとした。ただし、このフェイクは一塁走者の西川遥輝はお見通しだった。打球の角度からしてまず捕れないと確信し、まったくスピードを緩めない。フェンスを直撃した球が戻ってくるより早く本塁に到達した。これぞセンス。野球を知っている証しだ。

話を大山に戻す。ここに打球が飛んだらこう走る、などとあらゆる局面を予測していれば、スピードを緩めたり、スライディングをしなかったりというミスは起こるはずもなかった。走者一塁で打者が内野に鈍いゴロを打った際、一塁走者が完璧な走塁をしてオールセーフになることもある。打者が7割凡退するなかでもあれだけ点が入るのは、そうした陰のアシストもあってのことだ。

様々なことを予測して万全の備えをし、チームメートと連動して最善のプレーをする。そんな野球を知っている選手が多くいるチームが、秋に美酒を味わう。シーズンも折り返しの時期。単に「投げた」「打った」という表層だけでは測れない、真の力を持つチームとそうでないチームの差がはっきりし始めるころである。

(野球評論家)

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