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トリノ五輪スケーター、13年後に知る自分が届けた夢
スピードスケート 大津広美(最終回)

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2019/6/26 5:40
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大津広美は現在、産休に入り、生まれてくる子を心待ちにしている(仙台市障害者スポーツ協会で)

大津広美は現在、産休に入り、生まれてくる子を心待ちにしている(仙台市障害者スポーツ協会で)

リンクを離れた元トップスケーター、大津広美(35)は「庭師」として充実した日々を送った。だが、体力的な理由でさらなる転身を図る。何かに導かれるように向かった先はスポーツに関する仕事、障害者にスポーツを指導する場所だった。そして、大津自身もある人を導いていた――。最終回は2006年トリノ五輪に出場した意味を、大津が改めて知る様子をつづる。(前回は「スケーターから庭師へ 五輪の悔しさを癒やした転身」

◇   ◇   ◇

氷を降り、土と緑を扱う「庭師」への転身をかなえた大津広美は、仙台で着々と仕事の基盤を整えていった。

植栽のデザインから管理を任される主担当を務め、年間を通じて庭園を管理する。場所によって植物の成長度合いは異なり、常に整備された状態を保つのは難しいが、それでも多くの人の目に触れる庭園造りに、タイムを更新するのとは違う充実感が湧く。また、植栽は一人で完成するものではなく、設計、デザインから実際に植物を集め、配置し、それを維持するまで、多くの職人が「チーム」で運営をしていかなくてはならない。

「それがとても楽しかった」と振り返る。

一方で30代に入り、体力的な疲労を感じる時間も長くなった。体力、忍耐力には自信があった分、どうしても無理をしてしまう。トップアスリートの性分は変わらなかったのだろう。腰を痛め、一度庭師を辞めようと決める。16年、創作ガーデンの展示で植栽の配置を担当したのを最後に「泉緑化」を退職した。別の仕事を探そうとハローワークに通いながら、障害者のスポーツ支援を行う「仙台市障害者スポーツ協会」の求人を見付けたのはそんな時である。

■履歴書に書いた「五輪出場」

富山の専門学校を卒業し、庭師としてのスタートを切った「泉緑化」に就職した際には、夫の出身地・仙台で知人の紹介をもらった。スポーツ、と名がつく場所に戻るのならば、元オリンピック選手の肩書を持って、誰かにつてを頼む方法もなかったわけではない。しかし32歳の女性は特別扱いを希望せず、他の志願者と同じように履歴書を提出し面接に出向いた。

職歴には、「トリノオリンピック女子スピードスケート出場」と書いた。

「10代も20代もずっと、スケートのタイムや大会の結果で評価されてきたものですから、改めて履歴書を書いた経験もあまりなかったように思います。ですから普通に、オリンピック出場と書いたつもりでしたが、面接をしてくださった担当者はとても驚いていました」

障害者にスケートを教えたこともある(右から2人目が大津)

障害者にスケートを教えたこともある(右から2人目が大津)

面接担当者が、目の前に突如やってきたオリンピック選手にどれほど驚いたのかは想像に難くない。16年の夏、障害者のスポーツ支援をする指導員として新たな仕事に就いた。

オリンピック選手と知れば、周囲は特別な敬意を抱くはずだ。反対に、当事者がその肩書を自ら明かそうとしなかった理由は、トリノ五輪(団体追い抜き=パシュート)でメダルに手をかけながら転倒してしまった過去が理由ではない。高校の強豪「白樺学園」から富士急と常に日の当たるコースが目の前に敷かれていた。強い憧れや夢を抱く間もなく、コースに沿って21歳で五輪初出場を実現するのに精いっぱいで、オリンピックとは自分にとって何だったのか、また、それを周囲がどう見ていたのかを考える余裕がなかったのだ。転倒の借りを返そうと挑んだバンクーバー五輪に出場できずに競技生活を終えた時、全てが自己完結したのだろう。

しかし、たとえ転倒でメダルを獲得できなかったとしても、五輪は自己完結では終わらず、ある者にとっては大きな夢の種となっていたのだと知った。今年4月、その種は大津の知らないところで大きな花を咲かせていた。種から植物を大切に育てる、まるで庭師の仕事と同じように。

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