沖縄戦集団自決を伝え残す チビチリガマ博物館1年

2019/6/21 9:48
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74年前の地上戦で住民が集団自決した、沖縄県読谷村の自然壕(ごう)「チビチリガマ」の惨状を伝える博物館が、沖縄慰霊の日の23日に開館1年を迎える。戦争体験者が年々減る中、83人が自決に追い込まれた記憶の継承を図る。関係者は、過去の悲惨な事実を知ることで戦争という過ちを忘れないでほしい、と願う。

沖縄県読谷村のユンタンザミュージアムの自然壕「チビチリガマ」を再現したジオラマと村教委文化振興課の上地克哉課長(14日)=共同

沖縄県読谷村のユンタンザミュージアムの自然壕「チビチリガマ」を再現したジオラマと村教委文化振興課の上地克哉課長(14日)=共同

博物館は、読谷村教育委員会が運営する「ユンタンザミュージアム」。チビチリガマを紹介する一画では、薄暗い壕の中で娘に殺すよう懇願された母親が、包丁を突き付ける様子などを再現したジオラマを展示している。赤ん坊の泣き声や、外へ出るよう呼び掛ける米兵の声も流れる。

来館者は今月中旬までに3万3千人を突破した。平和学習のために訪れる人が多い。

太平洋戦争末期の1945年4月1日、同村がある沖縄本島中部へ米軍が上陸した。チビチリガマに約140人が避難し、翌2日、布団に火を付けるなどして83人が自決した。その6割ほどは18歳以下だったとされる。

村教委文化振興課の上地克哉課長(51)は小学生のころ、父親と一緒にチビチリガマへ入ったことがある。細かい骨や歯を、ばりばりと踏んだ感触が今も残る。遺族会の意向で、現在はガマの中に立ち入ることができない。その分、博物館の果たすべき責務は大きいと受け止めている。「来館者にはぜひ、過去の事実を見つめてほしい」

近所に住む知花昌一さん(71)は80年代前半に、チビチリガマの調査を手伝った。生き延びた人々から証言を聞き取ろうと訪ね歩いたが、当初はみんな口が重かった。「地域でガマの話はタブー視されていた」と回想する。

知花さんは集団自決の経緯を振り返り、教育の恐ろしさと大切さをしみじみと感じる。「戦前戦中の『生きて虜囚の辱めを受けず』という教えによって、自分の子どもたちを手にかけた」と考えるからだ。

時代が移り変わるとともに、戦禍の記憶が薄れるのは避けられないとも思う。「語り部も減っていく。風化をとどめる動きが必要だ」。博物館の今後の取り組みに、期待を寄せている。〔共同〕

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