2019年9月18日(水)

レアアース禁輸 中国のジレンマ(The Economist)

2019/6/18 2:00
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The Economist

中国の山水画を思わせる、どこまでも連なる緑の丘に水をたたえる田園風景。だが、その連想を断ち切るように視界に飛び込むのは土の色だ。丘の頂上には土色の採掘場跡、中腹には土色のえぐられた跡、小川には土色のぬかるみ。わずか数年前まで、江西省贛(かん)州は中国南部屈指の鉱山地帯だった。

レアアースで川下強化戦略を進める中国の習近平政権にとって、レアアース輸出規制はもろ刃の剣だ=ロイター

レアアースで川下強化戦略を進める中国の習近平政権にとって、レアアース輸出規制はもろ刃の剣だ=ロイター

経済成長の名の下にもたらされたこの環境破壊は、対米貿易戦争で中国の切り札となる産業に関係している。ここで採掘できる鉱石は、飛行機からスマホまであらゆるものに使われるレアアース(希土類)を豊富に含む。中国が支配する産業だが、大きな問題を抱えた産業だ。

17の元素を含むレアアースは特段珍しいものではないが、地球上の資源量の5分の2が中国に集中する。鄧小平氏は1992年、「中東には石油があり、中国にはレアアースがある」と述べた。

鉱石からレアアースを採取するのに使う化学薬品は有害な物質を排出するが、中国は何年もその代償をいとわなかった。その結果、2000年代前半には世界生産量のほぼすべてを担っていた。鉱山業に18年間携わった地元のシエ・イージャン氏は「当時は規制もなかったから、ここの人はみんな地面を掘り起こしていた」と振り返る。

特筆すべきは中国はその後、この鉱物資源を独占する立場を生かし、酸化物を精製し金属にし、その金属を加工して製品化する過程でも力を持つようになった。鄧氏の比喩を使えば、中東諸国が世界の原油の大半を保有するだけでなく精製、製品化する市場もほぼ独占したようなもの、というのに近い。

■レアアース製品の9割が今や中国製

これが、レアアースが米中貿易戦争の駆け引きに利用されるゆえんだ。米政府は、半導体などの部品の対中輸出を米企業に禁じることで中国のIT(情報技術)大手に圧力をかけられる。ならば中国政府はお返しにレアアース製品の対米輸出を規制できるというわけだ。最も重要なレアアース製品は、電気自動車のエンジンや風力タービンの発電機、ミサイル誘導システムに使われる高性能磁石だ。米金融大手シティグループによると、世界生産量の9割以上を中国が担う。米国防総省さえ部品メーカー経由で中国の高性能磁石を輸入している。

中国がレアアースを対抗手段に使うのは最近に始まったことではない。10年には環境保護を理由に輸出を制限した。米国など複数の国が異議を申し立てた結果、世界貿易機関(WTO)は中国の輸出制限をWTO協定違反だと断じた。以来、レアアース供給を中国に依存することを多くの国が懸念してきた。従って中国がこの数週間、レアアースの輸出規制を外交の武器としてちらつかせているのは驚きではない。同国国営メディアはレアアースを対米の切り札として強調しており、国粋主義的論調で有名な環球時報は9日、「中国はレアアースの強みを発揮する準備に入った」と大きく報じた。

■中国以外からレアアース磁石の調達は困難

レアアースの輸出規制は実際には容易でない。日本企業などは10年にレアアース・ショックに直面して以降、マレーシアに精製所を持つ豪鉱山大手ライナスに融資した。同社は今、日本のレアアース需要の3分の1を供給している。一時、レアアース世界生産量の大部分を担っていた米マウンテン・パス鉱山(カリフォルニア州)も00年代前半に閉山したが、生産を再開している。また米国は11日、他国のレアアース開発を支援すると発表した。これらの動きにより、中国のレアアース生産量の世界シェアは10年の95%強から18年には70%に下がり、今後、さらに減ると予測されている(左上グラフ参照)。

しかし中国は今、製品化という川下でより競争力を誇っている。米国は昨年、中国から約2億5000万ドル(約271億円)分のレアアース磁石を輸入した。しかも、中国に代わる調達先は容易にはみつからない。「これらの磁石ほど希少なものは、他には思いつかない」とカナダのレアアース専門コンサルティング会社、アダマス・インテリジェンスのライアン・カスティユ社長はいう。それぞれが顧客の細かな仕様に沿って作られているうえ、極めて狭い業界であることから、米国が他国を経由して中国の輸出規制を回避しようとしても、中国はすぐに気付くだろうと指摘する。

もし中国が輸出規制しても、米国防総省は恐らく対処できる。業界内の冗談で、同省が必要とする(ミサイル製造に使う)重希土類は、「重」といってもその年間必要量はスーツケース1個に収められるといわれているからだ。

だが民間企業は影響を受けそうだ。金属市場調査会社、英ロスキルのデビッド・メリマン氏は、中国が輸出規制をかければ米自動車メーカー各社は部品調達に障害を来し、「競争力に打撃を受けるだろう」と指摘する。

中国が実際に対米輸出規制をするかは誰もわからない。というのも輸出を規制すれば、顧客である米企業のためにレアアース磁石を使ってエンジンや電池を製造する中国企業にも打撃を与えることになるからだ。長期的には、輸出規制をすれば、かつてレアアースの採掘で起きたことと同じ事態になるだろう。つまり、海外の企業は政府の支援も受け、レアアースを使った最終製品を自国でも生産できるよう投資するようになる。

そうなると、中国の贛州の丘にみられる壮大なレアアースを巡る戦略が頓挫することになりかねない。

■習主席が有力磁石メーカーを訪問した理由

中国政府は過去数年、多くの無免許採掘・精製所を閉鎖させ、巨額を投じて鉱山付近の河川の浄化を図ってきた。同地域の国営鉱山企業大手は最近、一部の採掘場跡に草木を植え始めた。中国は依然として、同国北部で大量のレアアースの採掘を続けているが、必要量の大部分は他国から輸入し、自国の環境をこれ以上破壊しないと決めたようだ。中国は昨年、初めてレアアースのコンセントレート(濃縮物)の純輸入国になった。

その代わり、レアアース製品の生産に力を入れ、川下部門の強化を図る戦略にシフトした。中国政府は贛州の外れの工業団地にあるレアアースの磁石や合金を製造する工場に巨額を投じている。こうした生産は採掘より排出物がはるかに少なく、付加価値も高い。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席が5月に贛州を訪問した際、鉱山ではなく有力磁石メーカーの江西金力永磁科技を視察したことが報道されたことからも、戦略を転換したことがわかる。

贛州の別企業では、責任者が習氏に、自社製品を複数、得意げに見せた。どれも30%程度のレアアースを含有する円盤状の小さな磁石だ。強い磁石なので指の爪より小さくても、その分解は難しい。それよりわずかに大きく、親指より少し幅広い程度のサイズとなれば、もはや分解することは不可能だ。

中国がレアアース産業、ひいては中国経済に求めているのはまさにこれだ。つまり、レアアースという規模が小さな産業でも、その重要性により米国といえども中国との関係を断ち切れないような段階まで成長させることを中国は望んでいる。だが対米レアアース輸出規制をすれば、その野望を自ら打ち砕くことになりかねない。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. June 15, 2019 All rights reserved.

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