2019年7月22日(月)

「ひょんげもん」の森作り 社長・市長を経て林業家に
林業家・後藤国利さん(1)

コラム(地域)
九州・沖縄
2019/6/17 6:00
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 大分県に全国の林業関係者が注目する山林「太郎林」がある。植わっているスギは直径1メートル程度の巨木。根元まで太陽光がさし込み、草木が地面を覆う。全国で山林の荒廃が進むなか、林業家の後藤国利さん(79)が自己流でつくりあげた理想の森だ。家業の製薬会社経営から県議、臼杵市長を経て、「天職」に専念できるようになった。

林業ほど息の長い、すてきな仕事はないでしょう。100年後の姿を思い描きながら働けるのですから。私が管理している山林は約330ヘクタール。そのうち55年ほど前に植えた森を「太郎林」と呼んでいます。

日光が差し込み、広葉樹や下草が育つスギ林を見回る後藤国利さん(大分県豊後大野市)

日光が差し込み、広葉樹や下草が育つスギ林を見回る後藤国利さん(大分県豊後大野市)

鳥のさえずりが響き、風が抜け、根元まで光が届きます。太々としたスギの間には下草がびっしり。サクラやモミジも気持ちよく枝を伸ばしています。これらの広葉樹は風や動物に運ばれた種が自然に生えたものです。太陽の恵みをあらゆる樹木が享受できるようにするため、私なりに考えた実験場です。

太郎林には1ヘクタールあたり3000本の苗木を植えました。それをほぼ6年ごとに間伐し、20年後には750本に減らしました。通常の山林ではあり得ないやり方だと思います。でも木の密度を管理すれば育ちがよくなり、間伐材も大切な商品になります。採算をとりながら森を成熟させられるわけです。

 台風や豪雨による土砂崩れが、全国の山林で相次ぐ。手入れを怠ってきたツケが回ってきている。どうすれば後世に豊かな山林を残せるのか、危機感を募らせる。

「山持ちは金持ち」と言われたのは1980年ごろまででしょう。その後、木材の需要鈍化に価格下落、人件費高騰が追い打ちをかけました。人工林が管理されないまま放置されるとどうなるでしょう。

遠目には、緑に覆われた豊かな森に見えます。しかし分け入ってみると、幹は細く、先端にしか葉がありません。日差しが届かない地面は下草もまばら。だから雨が降るごとに土が削られていきます。細い幹を支えている根の何と貧弱なことでしょう。台風などで木が倒れ、そのままになっている光景を見るたびに胸が痛みます。

地元の言葉で、変わった人のことを「ひょんげもん」といいます。私はまさにひょんげもんとして、自らの信じる道を歩んできました。製薬会社を経営しながら、反公害の運動に関わり、市長も務めました。最後にたどり着いたのが林業です。

 山林にかかわるようになったのは大学生時代。父親から、実家の山林の管理を頼まれたのがきっかけだった。

実家は医師のかたわら、製薬会社を営んでいました。薬の販売で得たお金で土地を買い集めましたが、戦後の農地改革を経て、残ったのは山林だけでした。悪いことに山林の管理を任せていた番頭が、木材を横流ししていたことが発覚。その後始末を父から頼まれたのです。

(大分支局長 奈良部光則)

(この項続く)

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