2019年7月17日(水)

極寒の尾根、ほとばしる魂(演劇評)
大竹野正典遺作「山の声」

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関西
2019/6/14 7:00
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大竹野正典。大阪を拠点に、珠玉の作品を生み出した劇作家。会社勤めをしながら演劇を続け、2009年に急逝。近年再評価が高まり、没後10年企画として約20団体が彼の作品を連続上演中である。オフィスコットーネのプロデュースで、第16回OMS戯曲賞を受賞した遺作「山の声」が、08年初演と同じキャストで再演された(5月25日、兵庫県伊丹市のアイホールで所見、大竹野正典演出)。

極限状態にある2人の登山家の姿を臨場感たっぷりに熱演した

極限状態にある2人の登山家の姿を臨場感たっぷりに熱演した

登山家の加藤文太郎の山行記録集『単独行』をベースにした二人芝居。遭難した登山者1(加藤を思わせる人物。戎屋海老が演じた)と登山者2(加藤の登山のパートナー・吉田登美久らしき人物。村尾オサム・同)の、吹雪の山小屋での会話が綴(つづ)られる。踏破した峰々、空と星の美などを、少年のような眼差(まなざ)しで語り合う。実は登山者2はすでに息絶え、登山者1が生死の境で幻の中、死者と対話していたことがわかる。非情の山に魅せられた男達の葛藤。

同時上演された大竹野の評伝劇「埒(らち)もなく汚れなく」(瀬戸山美咲作・演出)と重ねて見ると、登山者と大竹野の生き様がだぶる。「誰にも行かれへん所に登って行きたい」。山と演劇に魅せられた男達の孤独と、生きる体温の高さ。登山者1と2の関係が、大竹野と、女優・制作者として支えた妻との関係と重なる。強い絆があるからこその凄(すさ)まじい相克と結束。この遺作は、夫婦の「戦記」とも言える。

臨場感溢(あふ)れる熱演。台詞(せりふ)に魂を吹き込んだ。観客も極寒の山の世界に誘われ、身が凍えた。終景、登山者1が猛吹雪の中、歩き続け、立ちつくす。屹立(きつりつ)する死体の凄烈さ。生きる意味を問いかけた、生気に満ちた傑作である。

(大阪芸大短期大学部教授 九鬼 葉子)

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