ドクター・ジョン逝く、米南部の音楽を体現

2019/6/11 14:35
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米ニューオーリンズ出身で、多くのミュージシャンに影響を与えたドクター・ジョンことマルコム・ジョン・レベナックが6日亡くなった。しゃがれた渋い歌声と、はねるようなピアノ演奏で強烈な存在感を放ち、ニューオーリンズ、南部の豊かな音楽文化を体現する存在だった。

演奏するドクター・ジョン=2005年6月、米西部ロサンゼルス(ロイター=共同)

演奏するドクター・ジョン=2005年6月、米西部ロサンゼルス(ロイター=共同)

10代から故郷で活動していたが、才能が花開いたのは1964年にロサンゼルスに移住し、スタジオミュージシャンとして研さんを積んでから。68年の第1作「グリ・グリ」は民間信仰ブードゥー教を演出したおどろおどろしく、怪しげな演奏で評価はいまひとつだったものの、一部で注目を浴びる。

ザ・バンド、ローリング・ストーンズから細野晴臣まで、世界中のミュージシャンの耳目をニューオーリンズに集めるきっかけになったのが、72年の5作目「ガンボ」だ。プロフェッサー・ロングヘア、ヒューイ・ピアノ・スミスら、同郷の伝説的なミュージシャンのリズム&ブルースなどをカバーし、見事に現代によみがえらせた。この忘れられていた南部サウンドの復権は衝撃的で、米国音楽のルーツを探し求めるミュージシャンが続出した。彼らにとってニューオーリンズは音楽の秘境で、その扉をドクターが開いてくれたのだ。

同郷のピアニスト、アラン・トゥーサン、ミーターズらとともにニューオーリンズ・ファンクともいえる独自の音楽を確立。ブルース、ジャズ、ラテン、ロックなどの様々なジャンルを超越した存在として生涯6度のグラミー賞を獲得する。

2015年のトゥーサンに続き、ドクターも鬼籍に入り、ニューオーリンズの2つの巨星が消えた。彼らが音楽史に残した南部の貴重な遺産は誰が引き継いでいくのだろうか。

(多田明)

■親交を結んでいた音楽家の細野晴臣さんから追悼のコメントが寄せられた
5日にLA(ロサンゼルス)でドクター・ジョンはどうしてるのか、と話をしてた矢先の訃報で、びっくりしました。「GUMBO(ガンボ)」というアルバムは僕たち日本のミュージシャンにも多大な影響を与え、ニューオーリンズの豊かな音楽を知る教科書になったのです。
 その後多少の交流を持てたことも忘れられません。あのピアノと声がこの世から失われることは音楽史上の大事件です。代わりがいない唯一無二の至宝でした。世界中のファンが心から追悼してます。
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