商事裁判所設立と中国の野望(The Economist)

2019/6/11 2:00
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The Economist

公平性、プロフェッショナリズム(専門性)、利便性。この3つが5月29日に西安で初の公開審理を開いた中国の国際商事裁判所の理念だ。このコラムの筆者が諸外国の外交官や最高人民法院(最高裁)の代表らと傍聴した際、英語と中国語で書かれたこの理念が、同国で最も新しい司法機関のブロンズと大理石でできた玄関ホールの大型デジタルスクリーンに映し出されていた。

最高人民法院の周強院長は今年3月の全人代で、中国共産党が裁判所の判断より上位の権限を持つと強調した(写真は2016年)

最高人民法院の周強院長は今年3月の全人代で、中国共産党が裁判所の判断より上位の権限を持つと強調した(写真は2016年)

この裁判所には中国の大きな野望が委ねられているため、建物も強い印象を与える意図で建てられている。国際商事裁判所を設立したのは、2013年に習近平(シー・ジンピン)国家主席が提唱した広域経済圏構想「一帯一路」に沿って建設される鉄道や道路、光ファイバー網をしっかり守るのが狙いだが、目には見えにくい狙いも込められている。それは、グローバル化された商取引に関する法規制について、中国独自のビジョンを示すことだ。

国際商事裁判所は、西安と目覚ましい経済発展を遂げている南部の広東省深圳に設立された。一つが西安に設置されたのには象徴的な意味がある。西安は後にシルクロードと名付けられた古代交易ルートの終点で、かつては首に鈴をつけ鼻を鳴らすラクダが列をなしていた。深圳の裁判所は「一帯一路」の海洋ルート関連の紛争処理を担当する。

華々しく新設されたが、その将来は不確かだ。というのも、今や「一帯一路」以外の外国企業が関わる大規模な紛争を審理する権限も負託されたが、一体どれだけの企業がここでの紛争解決に合意するか疑問だからだ。この問題は、冒頭のデジタルスクリーンには映し出されなかったが、中国共産党幹部につきものの「支配」という第4の言葉に関係してくる。

■最高人民法院の一機関という位置づけ

この支配するという目的を達成するために、中国当局は今回の裁判所のルール策定に当たっては大変な注意を払ってきた。近年、ドバイやシンガポール、オランダに国際的な商事紛争を処理する司法機関が設立された。いずれも特定の国の影響は受けないという独立性を示すため複数の国の判事を採用している。そのため著名な弁護士たちは、中国が自国の司法制度をもっと世界的なものにし、かつ専門性を高めたいという強い思いを抱いている点に着目し、新たな裁判所を設立する以上は他国と同様、思い切った取り組みを検討するよう最高人民法院に促した。

しかし、中国の立法府は新設した国際商事裁判所に、法律を改正して外国人の判事を任命することはためらった。代わりに最高人民法院の判事に同裁判所の審理を担当させることにしたのだ。公判は、中国語で中国人弁護士により進められるが、英語で書かれた証拠も認められる。

つまり、国際商事裁判所は最高人民法院の一機関ということだ。同裁判所は32人のメンバーからなる「専門家委員会」というのも設けた。メンバーの大半は外国人だが、その役割は裁判所に助言したり、紛争当事者が訴訟を避けたい場合は仲裁の役割を果たしたりするだけだ。

専門家委員の一人で米大手法律事務所デカートで中国担当チームを率いるタオ・ジンジョー(陶景洲)氏は、最近発表した論文で、同裁判所が「多くの点で制約を受けている」と嘆いている。

同じく専門家委員で、西安交通大学法科大学院長を務める単文華教授は、西安法廷の初日に記者たちの質問を受けた。単教授は筆者に、中国人判事たちは「いかなる介入からも独立して法を行使する」と断言した。またロンドンやシンガポールにある国際商事裁判所や仲裁裁判所に比べ、中国国際商事裁判所は1カ所で正式な訴訟、仲裁、調停のどれでも選べると強調した。

そして中国国営メディアによる質問に答える形で、さらにこうも語った。一帯一路の参加国の中には司法制度の質が「あまり高くない」国もあり、多くの中国企業が様々な「大きなリスク」にさらされている。加えて、諸外国の司法制度に頼らざるをえないことは「大国としての中国の地位にふさわしくない」と指摘し、「我々は既存の制度よりいいものをつくれる可能性がある」と付け加えた。

■司法の独立は西側諸国の誤った理想

中国の野心の大きさを理解する方が、中国式の国際商事法を理解するより簡単だ。最高人民法院の周強院長は今年3月、全国人民代表大会(国会)で年次活動報告をした際、まず第1に、中国共産党が中国の裁判所の判断よりも「絶対的に上位の権限を持つ」ことを支持すると誓約した。中国では、司法の独立は西側諸国の誤った理想として排除されている。

また周院長は「大問題」が生じた際は、判事らは共産党指導部の指示を仰ぐことを義務付ける規則を厳格に適用することを求めた。専門家委員会のメンバーで「最高人民法院モニター」という影響力あるブログを執筆しているスーザン・フィンダー氏は、同ブログに院長の一連の発言は中国の国際商事裁判所に疑問を抱かせると書いている。

中国企業や中国政府の人々が、海外のケースを中国本土の裁判所で解決したいと考えるのも驚きではない。例えば国有企業のトップなどワンマンな経営者は、外国の商事裁判所や仲裁裁判所で反対尋問を受けるのを非常に嫌がる。多くの場合、自社にとって不利な判決が出ることが多いためだ。また中国本土で裁判をした方が有利になると考えている節もあり懸念がある。一帯一路プロジェクトの契約の多くは、中国が国際的規範の順守をあまり重視していないことを反映して、内容が公開されていない秘密主義で、不公平かつ地元有力者たちに不透明な形で利益をもたらしているケースが後を絶たない。

■当面は影響力を拡大する可能性は低いが…

米国の判事たちが民事訴訟で世界の裏側にある資産の差し押さえ命令を出せるのを中国はひそかに羨んでいるのではないか、と指摘する専門家もいる。中国当局者は、米国がこうして世界中で権力を行使するのは他国をいじめているに等しいと非難するが、中国も将来、米国のように外国の被告に一方的な判決を出す可能性があると指摘する学者もいる。

国際弁護士たちは、先進諸国の紛争当事者たちが新しい裁判所に紛争解決を依頼するケースは少ないだろうとみている。中国企業との間で紛争が生じた場合は、独自の司法制度を持ち、外国人の判事がいる香港などを妥協策として紛争解決の地に選ぶと予想している。

西安の裁判所での最初の法廷事案はタイのエナジードリンク「レッドブル」の企業が関係する株式保有に関する紛争だ。この事案は最高人民法院から、西安の国際商事裁判所で対処するよう判断が下った。「紛争をどこで解決するかは、多かれ少なかれその当事者の交渉力で決まる傾向がある」と中国の経験が長いある弁護士は話す。途上国の中小企業が取れる選択肢はほとんどないということだ。

共産主義国である中国の法廷は、権力と政治的な支配力が公平性よりも力を持つ。もし新しい裁判所が、中国共産党の政治的権力が司法判断をも上回るという考え方を海外にも広めるのに利用されるようになったら、国際商事裁判所の存在について我々は真剣に考えなければならなくなる。

今のところ中国が権力を示したい、中国が考える秩序を示したいという欲望が強すぎることが、同裁判所が存在感を発揮する障害となっているが、状況が変わる可能性はある。中国共産党がもっと賢い方法で影響力の拡大を図ろうとすることはあり得るからだ。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. June 8, 2019 All rights reserved.

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