2019年8月21日(水)

「楽しんでもらえる小説」追求した田辺聖子さん

2019/6/10 17:05
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田辺さんの書斎の机には3センチほどのちびた鉛筆が何本もあった。毎回芯が減るとナイフで削り、キャップをはめて、最後まで使い切る。そうして生み出した小説、エッセー、評伝、古典案内は、単行本だけでも250点以上にのぼる。鋭い人間観察と柔らかなユーモアで、自らの目指す「面白くて人生を考えさせる作品」を約半世紀にわたって書き続けた。

大阪市内の写真館主の長女として生まれた田辺さんは、住み込みの技師を含む大家族で育った。周囲が持つ本や雑誌を片端から読み、吉屋信子の小説に夢中になる。ハイカラ好きの父からはクラシック音楽の楽しみを教えられ、祖父母には落語や人形浄瑠璃に連れて行ってもらった。「雑種文化は私に、いろいろな世界に興味をもたせてくれた」と振り返っている。

1964年に純文学に与えられる芥川賞を「感傷旅行」で受賞するが、次に書いたのは「中間小説」だった。「『大衆小説書きにおちた』といった評論家の声もありましたが、私には『純文学』と『大衆小説』の区別はなかった。楽しんで読んでもらえる小説を書きたいとの気持ちだけでした」と語っていた。

目指したのは「(『悲しみよこんにちは』で知られるフランスの作家)サガンのようなおしゃれな恋愛小説を大阪弁で書く」ことだった。「字づらが美しくなければ方言の面白さは出てこない」ので、撥音便(はつおんびん)だけをカタカナで書くなど表記には細心の注意を払ったという。

田辺さんの小説は優しいだけではない。例えば「言い寄る」(74年)に始まる長編恋愛小説3部作では、結婚生活のほろ苦さなども描いている。同シリーズが21世紀に入って復刊したのは、そこに普遍的な男女関係が表れているからだろう。

「カモカのおっちゃん」こと夫の川野さんとは毎晩のように晩酌を楽しみ、いっしょに阿波踊りなどにも出かけた。趣味も多彩で、大の宝塚歌劇ファン。歴史小説「隼別(はやぶさわけ)王子の叛乱(はんらん)」(77年)などが宝塚で舞台化した時はとても喜んだ。人生の楽しみ方の達人でもあった。(編集委員 中野稔)

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