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名スタンドオフに聞く「日本ラグビーは賢く創造的」

ラグビーW杯
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2019/6/11 16:41 (2019/6/11 16:59更新)
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将来的に監督になることに興味があるのかも聞いてみたら、即答だった。

「ノー。僕が興味を持っているのは選手のベストを引き出すこと。僕の情熱はグループをマネジメントする方には向いていない。監督はとても難しい仕事で、なりたいとは思っていない。単に選手を助けるだけで幸せなんだ」

決勝のDG「僕は眺めていただけ」

今回のW杯も世界ランキング1位で3連覇を目指すニュージーランド(NZ)が優勝候補の筆頭だが、準決勝までNZと当たらないイングランドにも上位進出のチャンスがある。W杯で頂点に立つのに必要な要素とはなんだろうか。

「すべての選手が、自分自身をリードするリーダーになることだ。誰かにリードされるのではなくね。選手自身が、自分の主将になること。それは、試合がどんな状況であろうと、自分がベストなパフォーマンスを出せる心のありようをつくれるということだ」

「03年W杯の決勝では、終盤にオーストラリアのPGで我々は同点に引き戻された。でもイングランドは各選手がその状況を受け止め、何をしたいかを決断できた。パニックも恐怖も混沌も混乱もなかったんだ。メンタル的にはとてもクリアで、フィジカル的にはエネルギーに満ちていて、エモーショナル的にはとても落ち着いていた」

子どもたちにせがまれ、予定外のゴールキック教室を始めた

子どもたちにせがまれ、予定外のゴールキック教室を始めた

03年W杯ではトライがゼロ、キックのみで113点をたたき出し、得点王に輝いた。釜石でのレッスンでも、キックを教えてとせがまれて指導を始めると、大幅に予定時間をオーバーした。自伝でもいかにキックの技術を磨いたかについて細かく語っているが、それほどこだわった「キック」とは何だったのか。

「結果とパフォーマンスの間の究極の戦いだ。プレーをするとき、結果を考えたい、パフォーマンスを忘れたいという欲望が常にあった。コントロールできること(=パフォーマンス)と、コントロールできないこと(=結果)を理解する戦いといってもいい。コントロールできることにフォーカスした時、(結果も含めて)すべてをコントロールできるとわかる。一方で不安とプレッシャーがあり、もう一方にパフォーマンスがある。最終的に私はパフォーマンスを選ぶことができた」

「キックをする時、試合はスローダウンする。その時に他のことを心配するよりも、やろうとすることにフォーカスすることが大事だ。キックとは僕にとって人生におけるチャレンジを意味していた。そのチャレンジに打ち勝つことが、僕の心に打ち勝つことで、それが僕の人生を助けてくれた」

試合が激しく動く中で蹴るDGも、そんな集中ができていたのかと思ったら、意外な答えが返ってきた。

「いままで一度もDGを蹴ったことを覚えていないんだ。DGとは、それがただ起きて、僕はそれを眺めているという感覚。僕がそれをしたのではない、ただ、起きたというだけ。絶対的な心の平和を感じているようなものだ。DGを見て、最後に自分で気づく、『僕がやったんだ』と」

「あの決勝のDGも同じだった。その瞬間、僕の手にボールが届き、それを僕がドロップしたことを感じて、その後、起こったことを僕は見ていた。(こうしようという)考えは全くなかった。とても大事なキックだったのに、奇妙な感覚だよね」

たゆまぬハードワークによって、一連の動作が完璧に自動化され、意識せずとも正確なDGが蹴れるようになったということなのか。ウィルキンソンさんの口ぶりからは、頂点を極める資格のある者だけに「ラグビーの神の手」が施されたようにも思えてくる。今秋のW杯で選手たちのそんなプレーが見られたら、まさに眼福だろう。

(摂待卓)

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