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名スタンドオフに聞く「日本ラグビーは賢く創造的」

(更新)

ラグビーの元イングランド代表スタンドオフ(SO)のジョニー・ウィルキンソンさん(40)。2003年ワールドカップ(W杯)決勝、オーストラリア戦の延長後半残り1分を切ったところで決めた勝ち越しドロップゴール(DG)は、W杯の名場面として語り継がれている。利き足とは逆の右足で蹴られたボールが、過去8回のW杯で唯一、北半球のチームに優勝をもたらした。今年5月、W杯ワールドワイドパートナーを務めるソシエテ・ジェネラルのアンバサダーとして来日し、岩手県釜石市を訪れた際に話を聞いた。

「競技場を作ったエネルギー」釜石に感銘

5月6日朝、ウィルキンソンさんを乗せた車が釜石鵜住居(うのすまい)復興スタジアムに滑り込んできた。もともとは釜石東中学校と鵜住居小学校があり、東日本大震災の津波で被害を受けた場所だ。W杯のために新設された競技場で、釜石シーウェイブスジュニアの子どもたちや、地元高校生たちにラグビークリニックを行う。その模様をソシエテ・ジェネラルによる、ラグビーへの支援を紹介する番組として公開するという。

釜石の光景は「衝撃的だった」と話すウィルキンソンさん(5月6日)

これまで世界の様々な土地を訪れたウィルキンソンさんにとっても、「カマイシ」の響きは特別だったようだ。

「ラグビーという競技の深さと、プレーする人々と地域を理解することにずっと興味をもっている。なぜラグビーが人々のモチベーションをあげ、奮い立たせるのか。ここに来る前にも何カ所か訪れたが、釜石は僕にとって最も印象深いところだ」

「素晴らしい人々と会い、信じられない物語を聞いて、とても感化されている。それはすべての人を巻き込み、お互いが1つになってわかりあう力だ。釜石ほど障害が大きく、問題が大きいところは他にない。釜石の物語はかつて遭遇した、どこよりも大きい。ここでラグビーができるのは特権だと思う」

スタジアムは海からとても近い。だが小学校と中学校の子どもたちは自主的に高台へ避難し、津波から逃れた。よく知られる「釜石の奇跡」である。

「ここがどのようだったか、人々に起こったことを想像するのは不可能だ。でもそんな出来事が起こった後に、競技場をつくったエネルギーは人々の生きる証しだと思う。コミュニティーが一体となってW杯を運んできたのは驚くべきことだ。それはラグビーのチームと似ている。パワーをもって、1つになって想像を超えたものをつくらないといけないという意味で」

来日はこれが3回目だという。最近の日本代表をどう見ているのか。

「昨年、イングランドとのタフな試合を見たよ。見ながらずっとイングランドが心配だった。日本はこの1年、観客が最も好きなチームだと思う。賢く、創造的で笑顔でプレーしていた」

「15年W杯ではとても速くプレーしているのが印象的だった。今はさらにクイックにプレーできる上、プレーのやり方を変えることもできる。試合前にプレーを決めるのではなく、フィールド上で判断できるようになった。日本は、相手にとっては準備するのが難しいチームになっている」

ではイングランドの現状はどうか。

「プレーの決断を下す選手たちが正しいバランスをとることが大事だ。ナンバーエイトとスクラムハーフ(SH)、SO、フッカーは、プレーの激しい部分を理解し、最後はどうゲームに勝つかを考えなければならない。ペナルティーゴール(PG)を狙うのか、ラインアウトで攻め続けるのか、DGを蹴るのか。特にチームにフィットしないといけない選手はナンバーエイトのビリー・ブニポラだ。また、いいフランカーがいることが大事だ。ターンオーバーがとれる7番がいないといけない」

現主将ファレルの成長を実感

主将でSOのオーウェン・ファレルにも注目が集まる。現役時、同じ役割を務めたウィルキンソンさんにとって、その系譜を引き継ぐ27歳は気になる存在のようだ。ファレルのキャプテンシーについて尋ねると、理路整然とした答えが返ってきた。キーワードは「フィジカル(体力)」「メンタル(精神)」、そして「エモーショナル(感情)」だという。「エモーショナル」とは、時に激しいプレーで感情の高ぶりを見せたとき、それを静められるかという意味だ。

「僕の経験では、SOであることと主将であることは同じことだ。だから余計な責任を負うことはない。なぜならSOは指示を出して、フィジカル、メンタルで何が起きるかだけではなく、エモーショナルにも何が起きるかに責任を負う必要があるから」

地元の高校生たちとミニゲームを楽しみながら指導した

「ファレルはフィジカル、メンタルはずっと素晴らしい選手だ。そして今、エモーショナルな部分についても理解しつつあり、成長している。どのように周りと意思疎通を図り、チームのエネルギーをコントロールするか。つまり、規律を乱さず、冷静なまま、接戦をいい結果に導くように全体をマネジメントすることだ。先日のスコットランド戦のように、『はい、これで目標を達成した』と言えるようなことはない。常に仕事はまだ進行中だと思わないといけない」

今年の6カ国対抗で、イングランドはスコットランドを相手に前半31-0と圧倒しながら後半一時逆転を許し、終了間際のトライでかろうじて引き分けに持ち込んだ。この試合の選手たちの気の緩みは、主将であるファレルの責任も大きいとみているようだ。

今のイングランド代表チームに、ウィルキンソンさんは選手の個人的なコーチとして関わっている。チーム公認のコーチではなく、「友人」の立場で助言をする。今年のW杯も1次リーグの間は来日して、キックを担当する選手の「メンタルやフィジカルの準備」についてアドバイスするという。その立場から、現在のエディ・ジョーンズ監督の指揮ぶりはどう見えているのか。

「エディは一人ひとりの選手が周りをより良くするパワーを持つことを求めている。どうプレーされるべきかについて、選手自身がアイデアを持つよう求めている。それはとても大事なことだ。そうでなければ選手はチームを導けない。SOやSHだけでなく、ウイングも試合について考える必要がある」

「今日教えた高校生のウイングが『それは僕の仕事ではない』と言っていたが、そうではない。フィールドでは2人の選手だけが判断するのではなく、チーム全体が判断するんだ。それがエディが求めていることだ」

将来的に監督になることに興味があるのかも聞いてみたら、即答だった。

「ノー。僕が興味を持っているのは選手のベストを引き出すこと。僕の情熱はグループをマネジメントする方には向いていない。監督はとても難しい仕事で、なりたいとは思っていない。単に選手を助けるだけで幸せなんだ」

決勝のDG「僕は眺めていただけ」

今回のW杯も世界ランキング1位で3連覇を目指すニュージーランド(NZ)が優勝候補の筆頭だが、準決勝までNZと当たらないイングランドにも上位進出のチャンスがある。W杯で頂点に立つのに必要な要素とはなんだろうか。

「すべての選手が、自分自身をリードするリーダーになることだ。誰かにリードされるのではなくね。選手自身が、自分の主将になること。それは、試合がどんな状況であろうと、自分がベストなパフォーマンスを出せる心のありようをつくれるということだ」

「03年W杯の決勝では、終盤にオーストラリアのPGで我々は同点に引き戻された。でもイングランドは各選手がその状況を受け止め、何をしたいかを決断できた。パニックも恐怖も混沌も混乱もなかったんだ。メンタル的にはとてもクリアで、フィジカル的にはエネルギーに満ちていて、エモーショナル的にはとても落ち着いていた」

子どもたちにせがまれ、予定外のゴールキック教室を始めた

03年W杯ではトライがゼロ、キックのみで113点をたたき出し、得点王に輝いた。釜石でのレッスンでも、キックを教えてとせがまれて指導を始めると、大幅に予定時間をオーバーした。自伝でもいかにキックの技術を磨いたかについて細かく語っているが、それほどこだわった「キック」とは何だったのか。

「結果とパフォーマンスの間の究極の戦いだ。プレーをするとき、結果を考えたい、パフォーマンスを忘れたいという欲望が常にあった。コントロールできること(=パフォーマンス)と、コントロールできないこと(=結果)を理解する戦いといってもいい。コントロールできることにフォーカスした時、(結果も含めて)すべてをコントロールできるとわかる。一方で不安とプレッシャーがあり、もう一方にパフォーマンスがある。最終的に私はパフォーマンスを選ぶことができた」

「キックをする時、試合はスローダウンする。その時に他のことを心配するよりも、やろうとすることにフォーカスすることが大事だ。キックとは僕にとって人生におけるチャレンジを意味していた。そのチャレンジに打ち勝つことが、僕の心に打ち勝つことで、それが僕の人生を助けてくれた」

試合が激しく動く中で蹴るDGも、そんな集中ができていたのかと思ったら、意外な答えが返ってきた。

「いままで一度もDGを蹴ったことを覚えていないんだ。DGとは、それがただ起きて、僕はそれを眺めているという感覚。僕がそれをしたのではない、ただ、起きたというだけ。絶対的な心の平和を感じているようなものだ。DGを見て、最後に自分で気づく、『僕がやったんだ』と」

「あの決勝のDGも同じだった。その瞬間、僕の手にボールが届き、それを僕がドロップしたことを感じて、その後、起こったことを僕は見ていた。(こうしようという)考えは全くなかった。とても大事なキックだったのに、奇妙な感覚だよね」

たゆまぬハードワークによって、一連の動作が完璧に自動化され、意識せずとも正確なDGが蹴れるようになったということなのか。ウィルキンソンさんの口ぶりからは、頂点を極める資格のある者だけに「ラグビーの神の手」が施されたようにも思えてくる。今秋のW杯で選手たちのそんなプレーが見られたら、まさに眼福だろう。

(摂待卓)

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