2019年9月20日(金)

劇団態変の2作目はファンタジー、さ迷える愛 探求を描く
文化の風

関西タイムライン
2019/6/7 7:01
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身体障害者にしかできない表現を追求し、海外からも高く評価される劇団態変が新作「箱庭弁当―さ迷える愛 破」を6月21~23日にアイホール(兵庫県伊丹市)で上演する。テーマは「愛」。愛とは何かを突き詰めつつ、態変としては珍しいファンタジー色豊かな作品に仕上げた。

今回の公演と同じく愛をテーマにした「さ迷える愛」シリーズ1作目、2018年に上演した「翠晶の城」=bozzo撮影

今回の公演と同じく愛をテーマにした「さ迷える愛」シリーズ1作目、2018年に上演した「翠晶の城」=bozzo撮影

まひや手足の欠損などの障害を持つ役者たちが、体の輪郭がくっきり浮かびあがるレオタード姿で時に戯れるように、時に蠢(うごめ)くように舞う。バレエに象徴されるような一般的に美しいとされる「ダンス」とは異なる。しかし「身体表現」として観客の胸に迫る何かが確かにある。観客から「障害者なのにすごい」というありきたりな健常者視点の言葉を奪い、障害そのものへの考え方までも変えてしまう。

「異形であることを見せ物にはしない。その上で、シンプルに楽しんでもらえる身体表現を追求してきた」と、劇団主宰でほぼすべての作品の作・演出を手掛ける金満里(きむまんり)は言う。劇団の旗揚げから36年。世界的に活躍した舞踏家の故・大野一雄との共作・交流なども経て、劇団員たちと身体表現を磨き続けてきた。初めてその動きを目にした観客は戸惑うかもしれないが、命そのものに触れたような感覚を覚えるはずだ。

■「人間に邪魔か」

今回の公演は3部作となる「さ迷える愛」シリーズの2作目にあたる。同シリーズのテーマはずばり「愛」。「人間にとって愛は邪魔なものではないのか」という金の問いをスタートに「愛」の意味を探る。

「人間の本質はエゴであり、愛はオブラートのようにそれを隠してしまう」。障害者として、在日朝鮮人2世として、また女性として厳しい環境を生き、社会や人間と徹底的に向き合ってきた金の言葉は、独特の重みを持つ。

愛に対して疑いの目を向ける一方で、障害を持つ自分を絶対的に肯定できたのは「母の愛があったから」とも金は振り返る。

「愛」は深く意味を考えるまでもなく、無批判に肯定されがちだ。特に未来が信じられない現代人は安易に他者との関係の中に愛を求め、その愛に個人の存在のよりどころを置く。だから、世間には「人への過剰な感謝、(不祥事やスキャンダルがあれば)過剰なおわびの言葉が社会にあふれる」と、金はみる。

身体障害者にしかできない表現を追求する(2018年上演の「翠晶の城」より)=bozzo撮影

身体障害者にしかできない表現を追求する(2018年上演の「翠晶の城」より)=bozzo撮影

愛は他者と慰め合う道具ではなく「恋人にも家族にも侵せない個人に属する」とも金は言う。愛についてのそんな見方を問い直し、観客に投げかける。その思いは「障害自体を表現力に転じ、未踏の美を創り上げる」と宣言してきた劇団態変の姿勢に重なる。

愛をテーマとした契機の一つが2016年に相模原市の障害者施設やまゆり園で起きた大量殺人事件。障害者は不幸であるとの偏見があった。「役に立たない人間は社会からいなくなった方がいい」という考え方だ。事件から3年がたった今も、社会は明確な反論を提示できていないのではないかと金は指摘する。

■食と箱庭を題材

ただ「深刻に語り直しても(観客に与える)インパクトはない」。題名の通り、作品のイメージは「弁当」と「箱庭」。ユダヤ民謡にルーツを持つ伝統音楽の薫りと無国籍感を併せ持つクレズマー音楽にのせて、弁当のおかずやお菓子のキャラクターが幻想の世界を冒険する。ファンタジーの世界を通じ、子どもを含む幅広い層にアピールする。

食は誰もが関心を持つ普遍的な日々の営みでありながら、家庭や故郷に深く根差す他者とは異なる個々の特殊な体験でもある。マクロな普遍性とミクロな個の経験とをダイナミックに往還する旅路を通じて、愛を探求する姿を描く。

ファンタジーの世界をつくるが、そこは一筋縄ではいかない劇団態変の作品。素直に笑ってもらえるようなコミカルなシーンも配置するが「ほっこりとはさせない」と金は笑った。

(佐藤洋輔)

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