2019年8月19日(月)

首相の通算在職日数、歴代単独3位に 伊藤博文抜く

2019/6/7 0:01
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通算在職日数が初代首相の伊藤博文と並ぶ歴代3位となった安倍首相(6日、首相官邸)

通算在職日数が初代首相の伊藤博文と並ぶ歴代3位となった安倍首相(6日、首相官邸)

安倍晋三首相の在職日数が7日、通算で2721日となり、初代首相の伊藤博文を超えて歴代単独3位となった。夏の参院選を経て政権を維持すれば8月に佐藤栄作を抜き、11月には桂太郎を上回って歴代最長になる。通算日数の上位4人は安倍首相を含め、いずれも山口県(旧長州藩)出身者だ。

首相は通算日数が3位タイになった6日に「国民に約束したひとつひとつの政策をしっかりと前に進めていくことで責任を果たしていきたい」と記者団に語った。

安倍首相が抜いた伊藤博文は長州藩の志士として倒幕に奔走し、初代首相になったことで知られる。吉田松陰の松下村塾に学び、旧千円札の肖像画でも有名だ。

明治維新後は岩倉使節団に参加して訪欧し、立憲主義や内閣制度を勉強した。その経験を生かし、明治新政府の統治機構の設計や大日本帝国憲法の起草を担った。4次にわたって首相に就いた。

藩閥や政党、宮中をまわり幅広い人脈を誇った。国際日本文化研究センター教授の瀧井一博氏は「伊藤にとって政治とは敵をつくらないこと。敵をたたいて権力を追求する通俗の政治観とは根本的にちがう」と話す。

瀧井氏は「しばしば『遊び人』と評される伊藤の個性を含め、明治天皇の寵愛(ちょうあい)を一身に受けた。憲法をつくる過程で政治手腕でも信頼を得た」と述べる。

第4次伊藤内閣が退陣して首相に就いたのが現在の山口県萩出身の桂太郎だ。西園寺公望と交互に首相になった時期は「桂園時代」という。政権が安定し、その後の「大正デモクラシー」の土台になった時代だ。

多くの歴史的な外交判断を下した首相でもある。伊藤らの日露協商論がある中で日英同盟を締結し、日露戦争に踏み切った。英国の後ろ盾で資金を調達し、アジアの新興国として初めて西洋の列強を破った。米国の仲介でポーツマス条約を結んだが賠償金は得られなかった。第2次内閣で韓国併合を実施した。

蔵相を兼務するなど、経済政策では財政規律を重視した。学習院大教授の千葉功氏は「陸軍官僚として予算に通じていた」と語る。最長の在職日数は議会多数派の立憲政友会との協力も大きい。千葉氏は「内政面で鉄道の整備など地方利益を優先する政友会の言い分をうまくのんで協調関係を築いた」と話す。

戦後の在職日数トップは佐藤栄作だ。連続在籍日数は7年8カ月に及び、歴代1位だ。山口県田布施に生まれ、安倍首相の祖父である岸信介元首相は実兄だ。安倍首相の大叔父にあたる。

1967年に唱えた「(核兵器を)持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則はその後の日本の「国是」となった。小笠原諸島の返還を経てニクソン米大統領との間で沖縄返還に合意した。

72年5月の沖縄返還後に退陣すると、74年には非核三原則や沖縄返還などを背景にノーベル平和賞を受賞した。

鉄道省に入省して運輸次官を務めたのち、政治家に転じた。池田勇人元首相とともに、吉田茂元首相の薫陶を受けた「吉田学校」の代表格だ。首相在任時は後に首相になった福田赳夫と田中角栄を政権内で競わせ人事の妙を発揮し「人事の佐藤」と呼ばれた。自民党総裁として初の4選を果たした。

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