元早大ラグビー監督のコーチ術 指導者は弱み見せよ
日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター 中竹竜二さん

約10年前に早稲田大学ラグビー部の監督として全国連覇をなし遂げた中竹竜二さんの今の職業は、「コーチのコーチ」だ。指導者を指導するという日本では珍しい仕事。選手を指導する立場のコーチこそ、自ら学んで振り返る態度が必要という。ラグビーをはじめとしたスポーツのコーチやビジネスパーソンが対象だが、自分で自分を効率的に成長させていくための方法は学生にとっても参考になる。
「コーチのコーチ」とは、どういうオシゴトですか?
私の仕事上の正式な肩書は、正式には日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターです。コーチは選手を指導するプロですが、そのコーチ自身が自己研さんする機会はほとんどありません。コーチの導き役として学びの場をつくるのが私の仕事です。
競技のオフシーズンの時期にコーチを集め、研修を行います。優れたコーチに共通しているのは、自ら学び、変化にチャレンジする姿勢。課題を発見し、自己変革するための振り返りや傾聴といったスキルを習得してもらいます。コーチが学ぶ姿勢の手本を見せることで、選手もそれに習い、チーム全体が活性化するのです。
このアプローチがラグビーをはじめとするスポーツで実績が出たので、同じことをビジネスの人材育成にも行かそうと考え、チームボックス(東京都目黒区)という会社を立ち上げました。
実は先ほども、4社のリーダー候補の女性約20人に「セルフリード」をテーマにした研修を行ってきたばかりです。セルフリードとは、自分自身の内面を見つめ、日々の行動を振り返り、成長を続けていくための姿勢です。部下や後輩に教えようとする前に、自分自身を深く知り、学び続けることで、魅力あるリーダーになる。その意識づけをするためのグループワークを、半年ほどかけて行っています。
22歳(1996年)早稲田大学4年時にラグビー蹴球部の主将を務める。大学選手権準優勝。大学卒業後は、英レスター大学大学院に進学。社会学を学ぶ。
27歳(2001年)三菱総合研究所に入社。企業の組織運営の分析、リサーチに従事する。
33歳(2006年)清宮克幸監督の後任として、早稲田大学ラグビー蹴球部の監督に就任。「日本一オーラのない監督」として、独自のリーダーシップを発揮し、07年度、08年度と全国制覇を達成する。
37歳(2010年)日本ラグビーフットボール協会初代コーチングディレクターに就任。「コーチのコーチ」としての活動を本格化する。
41歳(2014年)チームボックスを創業。企業向けにリーダー育成プログラムを提供する。食品、人材、医療など多業種の有名企業のコンサルティングに携わる。
なぜ中竹さんは、コーチのコーチが必要だと感じ、それになろうと思ったのですか?
早稲田大学在学中はラグビー部の主将を務めていました。卒業後、イギリスの大学院で社会学の研究をしていました。帰国して三菱総研で5年間働き、組織戦略の仕事に没頭していたのですが、お呼びがかかって2006年に早稲田大ラグビー部監督になりました。カリスマ的な名将だった清宮克幸さんを継ぐという難題に少し迷いつつ、「誰がやっても批判されるなら、自分のようなたたかれ役がぴったりだろう」と引き受けました。

私は現役時代からカリスマ性ゼロで、強いリーダーシップの対極にあるようなタイプ。実際、監督就任初日に、選手から「本当にオーラないな……」とつぶやかれたくらいです(笑)。ならば、この「日本一オーラのない監督」という称号を逆手に取り、選手を主役にして彼らの力を引き出すコミュニケーションに徹しました。「俺は監督の器じゃない。君たちが頑張らないと勝てない。どうしたら勝てるか、一緒に考えてほしい」と言い続けました。結果、全国連覇を達成できました。
この成功体験は大きかったわけですが、そこに至るまでは試行錯誤でしたし、私はたまたま自分を客観視することが得意で、自分なりのスタイルを見つけられたからうまくいった。ところが、周りを見渡すと「コーチとはこうあるべきだ」という既成概念にとらわれていたり、選手とのコミュニケーションに悩んでいたりする指導者が多いと気づきました。
一方で、日本に滞在している外国人コーチに助っ人で入ってもらうと、彼らがとても自信をもって選手と向き合っている。どうやら海外には「コーチのコーチ」という役割があるらしいと知り、日本でもつくるべきだと考えました。ですから、協会から「コーチのコミュニティをつくりたい。初代のコーチングディレクターになってくれないか」と話が来た時は、二つ返事で快諾しました。
そのうち、サッカーや陸上といった他種目からも呼ばれるようになり、昨年、競技の枠を超えた一般社団法人「スポーツコーチングJapan」を立ち上げました。2020年のオリンピックも見据えて、世界とのギャップを埋めなきゃいけないという使命感もありますね。
ビジネスとスポーツ、複数の分野で活動するのは大変ではないですか?混乱することはないのでしょうか?
たしかに忙しいほうだとは思います。研修やトレーニングに立ち会う件数を数えると、年間365件はゆうに超えていますから(笑)。ただし、混乱はしないです。私が伝えていることはいつも同じで、「一方的に教えるのではない。メンバーと共に学ぶリーダーになろう」。

初めて「コーチのコーチ」の役割を担った時、「全国のコーチに配る指導マニュアルを作ってほしい」と注文されたのですが、悩んだ末に断りました。今はスポーツもビジネスも「正解がない時代」と言われます。混沌とした環境の中では、カリスマ的なリーダーが引っ張る組織より、皆で知恵を出し合ってトライ&エラーを繰り返せる組織のほうがタフに生き残れると私は思っています。
では、リーダーに何を学んでもらうのか?欠かせないのは「自分の弱みをさらけ出す」練習です。リーダーが弱みを見せると、メンバーも安心して弱みをさらけ出せますし、それが本質的な組織の課題解決につながっていきます。
根気はものすごく必要ですが、影響力の大きいリーダー層に直接働きかけられることに、とてもやりがいを感じます。社長の意識が変われば、会社全体の空気が変わっていきます。僕自身も、この仕事を通じて学び続けていますよ。最近は、反対意見をもらうほどやりがいを感じます。文句を言われるほど、「よし、ここから劇的に変えてやろう」と燃えますね。文句は大好物です(笑)。
「自分らしいキャリアをつかみたい」という若者に向けて、メッセージをお願いします。
伝えたいメッセージは二つあります。一つは、「真逆を考えるクセを持とう」。例えば、起業家を目指す同級生がまぶしく見えて「自分も何かで起業できるんじゃないか」という気持ちが芽生えてきた時に、勢いで突っ走らずに、あえて真逆を考えてみる。「学生起業家やベンチャー就職が多いからこそ、あえて大企業でじっくりビジネスの基礎を学ぶ価値もあるんじゃないか」と、思考の軸を広げることをおすすめします。

人間はどうしても好きなほう、楽しそうなほうへと視界が狭まりがちだけれど、経験が少ない若い時期ほど、選択肢の幅を広げたほうがいい。「いいね、いいね」と言ってくれる友達だけでなく、いつも反対意見をかぶせてきてカチンと来るような友達も大切にしてください。
もう一つは、「振り返りを大事にしよう」。人材育成の世界では自己認識力を高めることが重要になってきますが、その手法として有効なものが振り返りです。経験から学んで次の機会にすぐに生かす糧にするには、学びの整理整頓が必要なんです。
「今回、いつもよりうまくいったのはなぜだろう?」「失敗した原因はなんだったんだろう?」と、結果と原因を結びつける。それから「今回の学びを、こういう時に役立てたい」と、応用シーンをイメージするのがポイントです。学びを引き出しの中にしまう感じで分類して記憶する。この振り返りのクセを身につければ、効率的に学びを実践に変えられます。きっと成長のスピードがぐんと上がって、学ぶ喜びを感じられるはずですよ。
(ライター 宮本恵理子)
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