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復活・三冠・夢…平成競馬、放送現場で見た名場面

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2019/6/8 6:30
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平成から令和に時代が変わって1カ月。令和最初の日本ダービーは人気薄のロジャーバローズが優勝し、新たな歴史にその名を刻んだ。

筆者がラジオNIKKEI(旧ラジオたんぱ)に入社したのが昭和最後の1988年。平成30年の歩みは、そのままラジオNIKKEIアナウンサーとしての生活と重なる。思い起こせば平成の時代、競馬の世界もいろいろなことがあった。今回は改めて放送現場から見た「平成競馬」の印象に残るシーンを振り返ってみようと思う。

常識超えた1年ぶり復活劇

<93年12月26日 有馬記念>

かつては、同年の活躍馬全てが一堂に会するひのき舞台だった有馬記念。93年はダービー馬ウイニングチケット、春の2冠の雪辱を遂げて菊花賞馬に輝いたビワハヤヒデ、ジャパンカップを制し勢いに乗るレガシーワールド、春の3歳2冠牝馬ベガ。とにかく豪華な顔ぶれのそろった有馬記念だった。

そんな中で、まる1年ぶりにターフに戻ってきたトウカイテイオーに対する評価は大きく割れていた。当時のラジオNIKKEI放送席のスタッフや解説者の多くは「さすがに厳しいのでは……」という評価だったと記憶している。

ただ、パドックを周回する柔らかくてクッションの効いたつなぎ(脚の下部の関節とひづめの間)。小刻みにステップを踏む独特の歩き方は、いつもの彼のそれだった。筆者もまだ競馬の仕事を始めて数年。1年もの長期休養明けの馬が、いきなり有馬記念の大舞台で勝つ姿は想像できなかった。パドックでの凜(りん)とした雰囲気をよそに、迷わず馬券対象から外していた。

中山の坂下からビワハヤヒデに迫るトウカイテイオーの力強い走りは、驚きとともに今でも脳裏に焼き付いている。「無事是名馬」とは程遠い競走生活だったが、不死鳥のようによみがえる姿にたまらない魅力を感じたものだ。間違いなくシンボリルドルフの残した最高傑作で、その血を引く代表産駒に恵まれなかったのは残念でならない。

平成最初の三冠馬

<94年12月25日 有馬記念>

当時はGIレースの行われる当日、競馬場から「GIレース直前情報」という早朝の生番組があった。競馬場の放送席と厩舎地区を無線マイクでつなぎ、大一番に出走馬を送り出す関係者(主に厩務員や調教助手)のレース当日の声を届けていた。放送席には、ラジオNIKKEIのOB、長岡一也キャスターや解説の原良馬さん、そして我々アナウンサーは厩舎地区から出走馬関係者の朝の表情などを伝えていた。

この日は厩舎地区からのリポートを担当し、ナリタブライアンの村田光雄厩務員に出演をお願いした。長身のイケメンだった村田さんも出演を快諾され、グランプリレースに断然の人気馬を送り出す心境などをマイクの前で話して下さった。管理する大久保正陽調教師がマスコミ取材に消極的で、村田さんがスポークスマン役を担っていた。三冠レースで一戦ごとに着差を広げていったナリタブライアン。よほど自信があったのか、この時の村田さんはとにかく、終始リラックスした雰囲気だった。

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