築地市場跡に眠る「幻の庭園」、江戸屋敷 五輪後に初調査

2019/6/5 11:58
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昨年閉鎖された旧築地市場(東京都中央区)の広大な跡地に、江戸時代の「幻の庭園」が眠っている。寛政の改革で知られる老中、松平定信(1758~1829年)が屋敷に築いた「浴恩園」だ。数十年にわたり地下に埋もれてきたが、都などは2020年東京五輪・パラリンピック後の再開発に伴い、初の発掘調査を検討している。庭園の再発見と実態解明に期待が高まっている。

関東大震災直後の「浴恩園」跡(東京都中央区立京橋図書館提供)=共同

築地は江戸時代に海を埋め立て、大名屋敷や寺院が立ち並んでいた。定信は屋敷の中央に池付きの庭園を造成した。文献などによると、海水を引き入れ、潮の干満で趣が変わる造りだったとされるが、1829年に起きた江戸の大火で被災し、池だけがかろうじて姿を保った。

明治時代に入ると海軍が一帯を使う。1923年の関東大震災後、中央卸売市場の建設計画が持ち上がり、35年に築地市場が開場した。都の担当者は「市場建設時に池を埋め立てたようだが、経緯はよく分からない」と話す。

市場は昨年、豊洲(江東区)に移転し23ヘクタールの跡地が残った。都は五輪期間中、駐車場用地として一時利用し、2040年代までに国際会議場などを段階的に整備する方針。これに先立ち中央区が試掘し、遺構が見つかれば都による本格調査となる見通しだ。

庭園の実像を伝える資料は乏しく、調査への注目度は高い。区の担当者は「『質素倹約』を柱とする改革を断行した定信が、庭も質素に造ったのか、それとも大名らしく豪華に見せたのか。人間像に迫る発掘になる」と話す。

ただ調査は長期化しかねない。引き合いに出されるのが、築地に近い「旧国鉄汐留駅跡」(港区)の区画整理に伴う発掘調査だ。仙台藩・伊達家の上屋敷など重要遺構が見つかり、試掘から調査完了まで約11年。関係者は「同じぐらいはかかる」と予測する。

費用も膨大だ。発掘に加え、再開発のための土壌調査や汚染除去を含め、都は総額200億円に上ると試算している。仮に貴重な遺構が出土しても、都心の一等地だけに全面保存は難しい。発掘の成果をどのような形で残し、都民らと共有するかは今後の検討課題という。

大名屋敷などに詳しい谷川章雄早稲田大教授(近世考古学)は「池に海水を引き入れる導水部分など、実態解明につながる手掛かりが見つかれば大きな発見だ。発掘成果をきちんと後世に伝えていく必要がある」と話している。

〔共同〕

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