2019年8月21日(水)

中国依存 岐路に立つアップル(The Economist)

The Economist
2019/6/4 2:00
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ティム・クック氏が米アップルの最高経営責任者(CEO)に就任するかなり前、まだ同社のサプライチェーンのコスト削減を担当していた時、中国のある供給元に問題があることが判明した。

アップルの成功は、クック氏がCEO就任前から中国を中心にサプライチェーンを構築してきたことが大きいとされるが…=ロイター

アップルの成功は、クック氏がCEO就任前から中国を中心にサプライチェーンを構築してきたことが大きいとされるが…=ロイター

「これは大問題だ。誰かが中国に行って対応すべきだ」と彼はある部下に言った。30分後、部下の1人がまだ席にいるのを見たクック氏は「君はなぜまだここにいるんだ」と静かに尋ねた。するとその幹部はすぐに立ち上がり、そのまま車でサンフランシスコの空港に直行し、中国行きの航空券を購入した。

この話はウォルター・アイザックソン氏によるアップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏の伝記に記されている。ジョブズ氏が2011年10月にがんで死去する直前にCEO職を同氏から引き継いだクック氏の経営スタイルを理解する数少ない逸話の一つで、クック氏の本質をよく示している。

怒りっぽいが創造性に富む天才で、アップルの人気商品を次々に創り出したジョブズ氏が圧倒的な注目を集めた一方で、礼儀を重んじ自分を見せることがほぼないクック氏は、アップルの急成長に不可欠だった中国との関係をしっかりとしたものにするために、裏方で奔走した。

同社が創業して間もない頃、ジョブズ氏はパソコン「マッキントッシュ」を米国で生産することにこだわった。ジョブズ氏らしい強い思い込みから、同氏は真っ白なパソコン工場を建設した(そしてホコリを点検するため白い手袋をはめた)。だが1998年にクック氏が入社すると、クック氏は全てを変えた。出身地アラバマ州特有の軽快な話し方と恐るべき勤労倫理(起床は毎朝午前4時だ)でアジア全域にまたがる比類なきサプライチェーンを作り上げた。現在、同社のほぼすべての携帯端末商品には「アップルが米カリフォルニア州でデザインし、中国で組み立てられた」と記載されている。

■「物流の達人」なぜリスク分散しなかったのか

クック氏の中国への力の入れようは、生産だけでなく消費者にも及ぶ。2010年当時同社の中国での売上高はほぼゼロだったが、18年には520億ドル(約5兆6300億円)に達し、全体の5分の1近くを占めるようになった。トランプ氏が16年の大統領選に勝利して以降、「ティム・アップル」(トランプ氏はクック氏を一度こう呼んだ)はワシントンと北京に何度も飛び、米中の貿易摩擦の沈静化に努めてきた。テック業界のアナリスト、ホレース・デディウ氏は、クック氏には「政治的な発想や思惑をうまく理解する力がある」と話す。

「物流の達人」と評されるクック氏がなぜ「重要な卵を一つのカゴに複数入れてはならない」というサプライチェーン管理の鉄則を無視したのか聞いてみる価値はある。今回のカゴは中国を指す。米中の貿易を巡る対立は醜さを増しつつある。両国の関係がさらに悪化し、それが中国で反米感情を招くことにつながれば、アップルとクック氏自身にとって深刻な事態になりかねない。

クック氏が米政府に働きかけてきたおかげで、アップルはトランプ氏が発動した2500億ドル分の中国からの輸入品に課した追加関税の直接的な影響は受けていない。だが、この1カ月で同社の株価は12%近く下落した。中国は6月1日、米国の制裁関税への報復措置としてアップル向け部品を含む600億ドルの米国からの輸入品に対し追加関税を発動する。

トランプ氏は米中が貿易交渉で事態を打開できなければ、さらに3000億ドル分の中国からの輸入品に25%の追加関税を課すと警告している。この制裁関税にはアップルの最大の収益源であるスマートフォン(スマホ)「iPhone」が含まれる。米モルガン・スタンレーは1台999ドルの「iPhone XS」の製造コストは160ドル上昇すると試算している。アップルはコスト増分を吸収するか消費者に負担させるか選ばねばならないが、いずれにせよ同社の利益は打撃を受ける。

■アップルの部品メーカー数、中国が米上回る

アップルにとってもっと差し迫った脅威は、トランプ政権が5月に安全保障上の理由から米企業に対し、中国通信機器大手で同国最大のスマホメーカー、華為技術(ファーウェイ)への半導体やソフトウエアなどの供給を禁じたことへの中国の報復措置だろう。中国の消費者がアップル製品をボイコットすれば、安価な他のブランドへの乗り換えが加速する可能性がある。貿易摩擦を理由に米金融大手シティグループは、19年下半期の中国でのiPhoneの販売台数の予想を約1450万台から720万台に半減させた。

ファーウェイが他国で販売できなくなりつつあるのを受け、アップルがその分、中国以外の国での売り上げを拡大できれば、中国での販売減を相殺できるとの見方もあるが、それは中国での生産を継続できることが前提だ。アップルは、インド向けiPhoneの一部を暫定的にインドで生産し始めたが、トランプ氏が中国への威嚇を強めるなか、アップルの中国依存は弱まるどころかむしろ強まっているように見える。

同社は米国の部品供給網の重要性を強調しているが、「Nikkei Asian Review」が今年3月18日に報道した分析によると18年にはアップルへの供給業者上位200社のうち中国(41社)が初めて米国(37社)を抜いた

中国はこのほど自国の安全保障や部品供給網への脅威に対応するためのサイバーセキュリティー規制案を公表した。英コンサルティング会社コントロール・リスクスのアンドリュー・ギルホルム氏は、事態が悪化すれば、この規制案は中国で事業を展開する米大企業を攻撃する武器になり得ると指摘する。ただ、ほぼ核兵器なみに深刻な影響を生むだけに、当面は発動されることはなさそうだ。中国が払う代償があまりにも大きくなるからだ。

デディウ氏は、アップルの中国経済への年間貢献規模は240億ドルに上ると試算する。約150万人の中国人労働者がアップル製品の組み立てに従事しており、さらに250万人の中国人エンジニアがアップルのスマホ基本ソフト(OS)「iOS」向けアプリの開発に携わっているだけに、アップルに打撃を与えようとする動きは弱いだろう。

5月26日にはファーウェイの任正非CEOがブルームバーグテレビの取材に、中国がアップルを報復対象とするなら率先して抗議すると語った。「アップルは私の先生で先頭に立つ存在だ。生徒が先生を敵に回すなどあり得ない」と。

■中国の代替案が見えないアップル

しかし、任氏も中国政府もいつでも考えを変えることはできる。ファーウェイは米禁輸措置を乗り切る代替案があると主張しているし、同社のライバルである韓国のサムスン電子も部品供給網を中国から移管しつつある。だがアップルには中国での組み立てに代わる明確な代替案がないように見える。同社が必要とする高性能部品を生産できる優れた技術を持つ生産拠点は中国以外にはほとんどない。現在のネットワークを解きほぐすには何年もかかるだろう。

一つの解決策は、裕福であることを自慢に思っている中国の消費者がそれなしでは生きられないと思うような新製品を生み出すことだ。クック氏は様々な成功を収めてきたが、これはまだ成し遂げていない。もう一つの策は中国で生産する必要のないサービスを開発することだ。3月に発表して注目を集めた動画ストリーミング配信や決済サービスのように、アップルは努力している。新サービスはヒットするかもしれないがiPhoneの代わりにはならないだろう。クック氏は自分が複雑に作り込んできたサプライチェーンのリスクを見誤っていなかったことを願っているに違いない。

(c)2019 The Economist Newspaper Limited. June 1, 2019 All rights reserved.

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