常勝カープのドン マツダと重なる苦難と再起
松田家4代の100年(1)

松田家4代の100年
2019/6/9 2:00 (2019/6/10 1:00更新)
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日本経済新聞 電子版
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企業と創業家――。歴史を重ねるに伴い、両者の関係は変わる。99年前、広島でマツダを起業した松田重次郎(1875~1952年)の一族は苦境期に会社の中枢から離れ、その後地元プロ野球球団の経営に専念。一時は資金難で存亡の危機に立たされたが、生き残りを懸けた独自の戦略が実を結び、今では「常勝球団」と呼ばれるまでになった。

【次回記事】マツダ初代の波乱人生 「一夜工場」で大もうけ

■「松田家」不屈のDNA

苦難と再生の道のりは、リーマン・ショック後に乾坤一擲(けんこんいってき)の低燃費エンジン「スカイアクティブ」で復活を遂げたマツダに重なる。苦難に際してもあきらめない松田家の不屈のDNAがカープだけでなく、マツダにも息づいている。

5月22日、広島市のマツダスタジアム内にある広島東洋カープの球団事務所。執務室のソファで向かい合った社長兼オーナーの松田元(68)は、普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。

平日ナイターの試合開始早々でもファンが詰めかけるマツダスタジアム

平日ナイターの試合開始早々でもファンが詰めかけるマツダスタジアム

前夜、広島県三次市の「三次きんさいスタジアム」で行われた対中日戦。3対2の僅差で逃げ切って8連勝となり、開幕直後を除き初めて首位に立った。シーズン当初は低迷し、4月7日から10日間以上も最下位に沈んだ。誰もが思い浮かべた不振の原因は、昨季まで2年連続でMVPに選ばれた外野手、丸佳浩(30)のフリーエージェント(FA)宣言と巨人への移籍である。

■去る選手は引き留めない

「負けが込んでいた時に改めて『惜しかった』と感じたのでは」と松田に尋ねると…

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