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日本語堪能、懸け橋に ラグビー日本代表・レメキ(下)

2019/6/1 6:30
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「これが最近のプレイリストね」。スマートフォンから流れてきたのは、18年前に流行した人気テレビ番組「あいのり」の主題歌だった。日本の文化に親しむレメキ・ロマノラバは、多様な民族的背景を持つ選手たちが集まるラグビー日本代表の懸け橋である。

2009年、20歳で来日。都内に拠点を置くキヤノンへ加入した。「チームメートはみんな優しかった」ものの「人がメチャメチャ多い。とんでもないところに来た」とも思った。日本語を覚える意味もあり、先輩たちとカラオケへ。心に響いたのが尾崎豊の名曲「15の夜」だった。

「誰にも縛られたくないと

逃げ込んだこの夜に

自由になれた気がした

15の夜」

来日10年。16年リオ五輪では7人制で日本を4位に導いた=日本ラグビー協会提供

来日10年。16年リオ五輪では7人制で日本を4位に導いた=日本ラグビー協会提供

郷愁を誘われたのだろう。15歳の時のレメキはニュージーランドのオークランドで楕円球を追っていた。ワールドカップ(W杯)での同国代表の活躍に胸を躍らせ、「ラグビーをするならW杯に出ないと」と決心したが、目標への道は遠かった。16歳になると一家でオーストラリアへ移住。地元クラブの下部組織では、空き時間の就業が義務付けられていた。内装用のタイルを30階まで運び、走って下りる。その繰り返し。フルタイムでラグビーができるというオファーが日本から届くと、迷わなかった。

持ち前の明るい気質で3つ目の国にもすぐなじんだ。「鍋パーティー」で出会った女性に、先輩が翻訳したメールでアプローチして伴侶とし、3人の子を授かった。ピッチの上では7人制日本代表として頭角を現し、帰化を経て16年リオデジャネイロ五輪に出場。エースとして4位躍進に導いた。大会後はW杯のため、15人制に専念。すぐに代表の主力となった。

「対話の達人」防御ラインの要

メンバーの約3分の1は海外出身だが、日本生まれの選手との間を取り持てる者は多くない。日本語が堪能なレメキはチームの潤滑油となって「日本にずっといるなら、日本語は分からないって言わずに勉強しろよ」と仲間を諭す。

語学力は試合でも生きる。今の日本の守備は素早く前に上がり、外から内に重圧を掛ける。一番の大役がレメキらWTBの選手。相手2人を同時に監視するうえ、防御ラインの速度の決定権も委ねられる。周囲が誰でも、的確に意思を伝える言葉の力は貴いものとなる。「コミュニケーションが取れないとラグビーはできない」。9月開幕のW杯。この「対話の達人」が、ピッチの内外でチームの動きを滑らかにするはずだ。=敬称略

(谷口誠)

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