2019年9月20日(金)

日本で修正された吉開菜央監督の短編、完全版で上映
カンヌ映画祭リポート(9)

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2019/5/24 17:00
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23日の監督週間ではダンサーとしても活躍する俊英、吉開(よしがい)菜央監督の約15分の短編「Grand Bouquet」が公式上映された。日本ではNTTインターコミュニケーション・センター(ICC、東京・新宿)で2018年6月から19年3月まで展示上映されたが、施設を運営するNTT東日本の要請で修正を迫られた作品だ。「完全版」のお披露目は初めてとなった。

鮮やかな色彩が印象的な「Grand Bouquet 」の一場面
(C)吉開菜央

鮮やかな色彩が印象的な「Grand Bouquet 」の一場面
(C)吉開菜央

香港の女優・モデルのハンナ・チャン演じる若い女性が、えたいの知れない「黒い塊」と対峙する。塊は無言のまま圧力をかけてきて、女性は抵抗するため言葉を発しようとするが、口ごもってしまう。全身の力を振り絞り、彼女がついに吐き出したのは美しい花だった。

シンプルな映像と心をざわつかせる音楽が体と心を揺さぶってくる。シネマコンプレックス(複合映画館)に導入されている座席が動いたり、風や水が出たりする仕掛け「MX4D」よりも、よほど五感を刺激すると思えてくる。

公式上映後にインタビューに応じた吉開菜央監督(23日、カンヌにて)

公式上映後にインタビューに応じた吉開菜央監督(23日、カンヌにて)

吉開監督は18年のヒットチャートを席巻した米津玄師「Lemon」のミュージックビデオにダンサーとして出演しており、ファンは多い。今回の短編にはセリフがなく、ダンスのように肉体を通して言葉にならない感情を映像で表現した。

「いろんなテーマを持ってこの短編を作ったが、何か一つの言葉に限定してしまうと解釈の幅を閉じてしまう可能性がある。とにかく映像と音に体全体で浸ってほしい。感じ方は自由でいい」。その言葉通り、観客は感覚を研ぎ澄ませながら映像と音を堪能していたようだ。

ICCの展示では、一部に黒塗りやボカシが入れられた。NTT東日本から「不快な表現がある」との指摘を受け、展示を担当した学芸員を交えて対応を協議した結果だ。吉開監督にとっても苦渋の判断だった。

修正された「不完全版」は見ていないが「完全版」を見てみると、正直どこが「不快」な部分とされたのか、全く分からない。吉開監督に尋ねると、問題とされたのは指が取れて落ちる場面と肉体が爆発する場面だったという。活字にするとおどろおどろしく感じるかもしれないが、映像は抽象化され、洗練された表現で決して直接的ではない。これなら同じ監督週間で上映された三池崇史監督の「初恋」の方がよっぽど過激だった。

性被害を受けた人たちがSNS(交流サイト)などを通じて声をあげる「#MeToo」運動が広がる前から、言いたくても言えない人たちへの関心が高まって、製作の動機になったという。修正されたのは、人が抑圧されている状況をビジュアルに表現するには重要であり、必要な場面だった。性的抑圧を他人ごとではなく、自分自身の問題としてとらえるためにどうするかを考え、その結果生まれた表現だ。

「日本人は言葉を大切にすると言われるが、言葉よりも情動に振り回されやすく、そのことに気づけていない。今回の問題も年齢制限を設けるなどゾーニングをすればすむ話なのに、炎上を恐れて冷静に考えられない。こうしたことは今の日本にはありふれていて、いろいろな可能性が奪われている」。吉開監督はそう指摘する。

20年の東京五輪を前にして「社会の暗部は覆い隠したい」とばかりに、過剰とも思える自粛の空気が広がる日本。果たして、完全版が上映される日はくるのだろうか。

カンヌではいろんな監督の作品を見たという吉開監督。「芸術性と商業性を両立させた作品の質の高さに驚いている。いつか長編にも挑戦してみたい」と刺激を受けて意欲が高まった様子だ。

「メクトゥ、マイ・ラブ:インテルメッツォ」の一場面

「メクトゥ、マイ・ラブ:インテルメッツォ」の一場面

同日のコンペ部門は、イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオ監督が実在したマフィアを描いた「ザ・トレイター」と、「アデル、ブルーは熱い色」で、13年に最高賞パルムドールを受賞したフランスのアブデラティフ・ケシシュ監督「メクトゥ、マイ・ラブ:インテルメッツォ」だった。

ケシシュ監督の作品は17年のベネチア映画祭のコンペで上映された「メクトゥ、マイ・ラブ:カント・ウノ」(日本未公開)の続編で、1990年代のフランスの若者たちのポートレート。午後10時に上映が始まり、終わったのは翌日午前1時半過ぎだった。

約3時間半で登場するのは海辺、ダンスホール、部屋の3カ所のみ。全体の約8割はダンスホールだ。踊り狂って、たわいもない会話をして、踊り狂って、たわいもない会話をして……をひたすら繰り返すループ映像のようだ。陶酔感に浸りながらも、睡魔に負けて船をこぐ観客がちらほら。最後のオチのためには必要な長さだったのかもしれないが、いくら何でも冗長すぎた。

映画祭もいよいよ大詰め。24日にはパレスチナのエリア・スレイマン監督「イット・マスト・ビー・ヘブン」、フランスのジュスティーヌ・トゥリエ監督「シビル」が上映され、コンペの全21作品が出そろう。受賞結果は25日夜発表だ。

(近藤佳宜)

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