2019年9月22日(日)

キーエンス「一生食える」営業力の秘訣
グロービス経営大学院・嶋田毅教授が読み解く

2019/5/31 4:30
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スタートアップ業界ではキーエンスから起業した元社員の存在感が高まっています。カギは営業力です。「人にモノを売る力は貴重だ。それを身につければ一生食うに困らない」という言い回しがあります。同社の営業ノウハウの秘訣はどこにあるのでしょうか。グロービス経営大学院の嶋田毅教授が、ビジネススクールで学ぶビジネススキル「法人営業」の観点から解説します(もっと学びたい方はこちら)

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■平均年収は2088万円

キーエンスと聞いて真っ先に思い浮かぶのは、従業員の年収の高さでしょう。平均年齢35.9歳で2088万円という数字は、日本の上場企業の中では第2位です。

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また、これだけの給与を人件費として支払いながら、売上高営業利益率が54%というのも驚異的です。日本最強のメーカーとも言えるトヨタ自動車ですら売上高営業利益率は8%強です。また、キーエンス同様、強い営業力と優秀な人材の輩出で知られるリクルートホールディングスでも売上高営業利益率は10%弱です。キーエンスの数字がいかに突出したものかがよくわかります。

こうしたキーエンスの高収益を支える要因としてよく指摘されるものに以下があります。

・ファブレスメーカーというビジネスモデル
・比較的中小企業も対象とすることにより生じる交渉力の強さ
・顧客が必要とする高額商品をスピーディーに世に出す開発力
・セールスパーソンの生産性の高さ

今回はこの中でも「セールスパーソンの生産性の高さ」について説明します。

さて、営業というと「とにかく根性」「営業は足で稼ぐ」「営業は最後の数字さえ出せばOK」というイメージをお持ちの方は多いでしょう。事実、いまだにそうしたことを強く言う営業リーダーや経営者は少なくありません。ただ、これは全否定しないまでも時代遅れであり、生産性の高い科学的な営業とは言えません。

では生産性の高い科学的な営業力とはどのようなものでしょうか? いろいろな要素がありますが、今回は3つの要素を紹介します。

(1)無駄なことをしない

ビジネスにおいて生産性を下げる最も大きな要因は、結果につながらない事柄に時間を費やしてしまうことです。たとえば、売れる可能性のない見込み顧客に延々と通いつめるのは愚の骨頂です。あるいは、本命のベンダーはすでに存在し、形式上のコンペにするための「あて馬」にされたにもかかわらず、それに気がつかずプレゼンテーション資料を一生懸命に作ったりするなども避けたい事態です。そうしたことを見破る質問等のノウハウは、組織の中でしっかり共有することが必要です。キーエンスではそうしたことも共有されているようです。

購買の意思決定権のない人に何度もセールストークをするのも避けたいことです。図1にも示したように、法人顧客相手のビジネスでは、顧客の社内にさまざまな関係者が存在します。その中で誰がDMU(Decision Making Unit:購買意思決定者)≒キーパーソンかをスピーディーに見分け、彼らの関心事にズバリ答えられる提案をすることが必要です。記事中にある顧客先の組織図作りやキーパーソンの見分け方などは、こうした無駄を避ける基本なのです。

(2)顧客のニーズを満たしながら高付加価値を実現する

キーエンスの製品の特徴に、ライバルの製品に比べて高価なことがあります。たとえば、ライバルの製品が3万円だったとすると、キーエンスはその10倍以上の50万円のセンサーを提案したりすることがあります。それでも顧客に買ってもらえるのは、最終的にコスト削減といった経済合理性を満たせるからです。

たとえば、そのキーエンスのセンサーを使うことで、1台あたり、1日30分の製造時間短縮につながったとします。もしその生産工程に、1センサー当たり2人の工員が関わっていたとしたら、その分の人件費が浮くことになります。1人当たりの人件費が年間で500万円、労働時間を240日、1800時間と仮定すると、30分×2人分×240日=240時間の人件費削減効果をもたらします。この工員の人件費に換算すると、500万円×(240時間/1800時間)≒67万円となります。これはライバル製品との価格差47万円を上回ります。このセンサーが2年、3年と使えるなら、さらにコスト削減効果は増します。

つまり、製品そのものを見るとかなり割高に見えても、経済合理性を試算してみると、結局は安くつくというのがキーエンスの売り方、開発方法なのです。

(3)標準化を進める

セールスでよくある錯覚は、「セールスとは属人的なテクニックであり、標準化にはなじまない」というものです。しかしこれは全くの間違いであり、正しく標準化を進めれば、一人ひとりのセールスパーソンの生産性が高まるだけではなく、バラつきが減り、また人材の即戦力化も速くできるようになります。

標準化する典型的な対象は、セールスパーソンのコンピテンシーと営業プロセス、そして思考の型です。今回はこの3つを解説します。

(A)コンピテンシー

コンピテンシーとは、優れたパフォーマンスを残す上での行動特性です。一般には優れた人材のそれを参考にして設定します。そしてその各要素を上げるべくフィードバックを行ったりコーチングを通した育成を行うことで、個々人のコンピテンシーも向上していくのです。もちろん、採用の段階でもそれを参考にします。

(B)営業プロセス

プロセスの標準化では、往々にして各人バラバラになりがちなプロセスを管理できるようにします。その際にはコンピテンシー同様、パフォーマンスの高いセールスパーソンの行動を参考にし、最適なプロセスを模索していきます。そしてプロセスごとにアウトプットやKPI(重要業績評価指標)を設定します。これを行うことで一人ひとりの行動までが可視化され、問題解決や育成等(相手の反応にあわせた効果的なセールストークの練習など)に役立てることができるようになります。

(C)思考の型

思考の型とは、物事に取り組む際の考え方のパターンです。他社で有名なものには、トヨタ自動車の「トヨタ流問題解決」や「自工程完結」、セブン-イレブン・ジャパンの「仮説思考」などがあります。これらを口を酸っぱくして叩きこまれるからこそ、皆が同じ土俵で議論できるようになりますし、マネジャーも管理が楽になり、より付加価値の高い仕事に取り組めるようになるのです。記事中にある「目標から今日すべきことを逆算」や「結果と戦略に因果関係を」などもキーエンスの思考の型の一端と言えるでしょう。

■科学的マネジメント持ちこむ

こうして見てきたように、キーエンスのセールスパーソンの高い生産性は、まさに営業という営みに科学的マネジメントを持ちこみ、再現性の高い知恵を徹底的に横展開したがゆえです。そして商材は変われども、普遍性の高い知恵や方法論を直接あるいはアレンジして使うことができるからこそ、キーエンスのセールスパーソンは事業家としても成功する可能性が高くなっていると言えそうです。

法人営業のスキルについてもっと知りたい方はこちらhttps://hodai.globis.co.jp/courses/e77c6041(「グロービス学び放題」のサイトに飛びます)

しまだ・つよし
グロービス電子出版発行人兼編集長、出版局編集長、グロービス経営大学院教授。88年東大理学部卒業、90年同大学院理学系研究科修士課程修了。戦略系コンサルティングファーム、外資系メーカーを経て95年グロービスに入社。累計160万部を超えるベストセラー「グロービスMBAシリーズ」のプロデューサーも務める。動画サービス「グロービス学び放題」を監修
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