2019年6月21日(金)

ダルデンヌ兄弟とローチ監督が守ったカンヌの「伝統」
カンヌ映画祭リポート(7)

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2019/5/22 17:00
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72回目を迎えたカンヌ映画祭のコンペティション部門で最高賞パルムドールの最多受賞記録は2度。今回のコンペに名を連ねるベルギーのジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督と英国のケン・ローチ監督も2度の受賞を誇る。上映された彼らの作品はいずれも現代社会を反映させた物語で、過去の受賞作同様、ヨーロッパのみならず世界が抱える課題を浮き彫りにした。

「ヤング・アーメッド」の一場面
(C)Christine Plenus

「ヤング・アーメッド」の一場面
(C)Christine Plenus

20日に上映されたのは「ロゼッタ」(1999年)、「ある子供」(2005年)でパルムドールを受けたダルデンヌ兄弟の「ヤング・アフメド」。欧州各国で憂慮されている宗教を通じた若者の過激化がテーマだ。

イスラム系のベルギーの少年アフメドは、地元のイスラム過激派の思想に染まり女性教師に反発する。どうやらアフメドは、アラビア語やコーランの詞を音楽を使って教える女性教師のやり方がイスラム教の世俗化を招くと憤っているようなのだ。教師を傷つけようと凶行に走るが失敗。監視付きの施設に入れられ、農作業をしたり、動物と触れ合ったり、同世代の女性に好意を持たれたりすることで、信じ込んでいた思想を揺さぶられるのだが……。

なぜアフメドが過激化していったのか。経済的な理由なのか、宗教の力なのか、その過程は一切描かれない。そのため観客はアフメドに感情移入できない。一方、アフメドを再生させようと、母親や教育者、心理学者ら大人が何度も手を差し伸べる様子が丹念に描かれる。

「それでも彼は憎しみに導く人を見いだしてしまった。とても強い信念で」。21日の会見でリュックは語った。「彼が絶対に正しいと信じる論理を覆すことは難しい。ただ大事なのは、こうした若者たちに大人が何をしてあげられるかということだ」。ラストシーンではかたくなに触れられることを拒んでいたアフメドに変化が訪れる。「大人にはまだやるべきことがたくさんある。まだ未熟なアフメドのような少年は変われる可能性があるんだ」。先に挙げた2作のように、本作も声なき子供の心情を代弁するダルデンヌ兄弟の真骨頂を見た思いがした。

「ソーリー・ウィー・ミスト・ユー」の一場面。(C)Joss Barratt

「ソーリー・ウィー・ミスト・ユー」の一場面。(C)Joss Barratt

「麦の穂をゆらす風」(06年)、「わたしは、ダニエル・ブレイク」(16年)でパルムドールを受賞したローチ監督の「ソーリー・ウィー・ミスト・ユー」は、宅配ドライバーとして新たなスタートを切った主人公の男が家族のために懸命に働く様子を描く。16日に上映された。

主人公が従事するのはフランチャイズの宅配ドライバー。交通事故や強盗にあっても全てのリスクを負う契約を交わし、渡された端末で全ての行動を監視される。トイレに行く暇もなくペットボトルで用をたすほど過酷な仕事だ。妻も家計の足しにと介護の仕事に従事し、高校生の息子と小学生の娘のために働き続ける。日本でも同様の問題が噴出しているだけに、人ごとではなく見入った。

タイトルは不在の宅配カードに書かれている決まり文句。働くことを優先するあまり家族ともすれ違ってしまう現代の家族の姿をも表している。17日の記者会見では、製作陣がリサーチのために実際に宅配ドライバーで働く人たちに話を聞き、疲弊しながら仕事を失う恐怖にさいなまれている姿に衝撃を受けたと語った。ローチ監督は「新自由主義経済が持ち込まれてから、労働者を守る仕組みが崩壊した。個人事業主という誘い文句で稼ぎが全て懐に入るような幻想を抱かせるが、結局は働くことをやめられなくなり、家庭をかえりみることもできず、自身の健康さえも害してしまう。仕事は家族を守るためのものなのに、今は家族との時間を奪っている。なんてバカげてるんだ」。コンペ選出の中で最年長の82歳のローチ監督の怒りは爆発した。

上映や記者会見がある会場を出ると目がくらむようなまばゆい陽光が降り注ぐ。ここは南仏の海辺にある高級リゾート地だ。カンヌで社会や政治問題について考えることは、真夏日に冷房の効いた部屋で環境問題についての本を読むことに似て、矛盾をはらんだ後ろめたさを感じる。だが、カンヌに選ばれた多くの作品が「社会から置き去りにされた見えざる人々」の声を代弁し、世界に発信してきたことはまぎれもない事実だ。今年もベテラン監督によってその伝統が守られたといえる。2作品とも3度目の受賞に値する良作だと思えた。

(近藤佳宜)

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