2019年6月17日(月)

他者の性と欲望認める 哲学者・千葉雅也氏
令和の知をひらく(3)

文化往来
2019/5/22 8:56
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現代社会は人間をどんどん単純に捉えるようになっており、私はそのことに危機感をおぼえている。その一例が性だ。

哲学者の千葉雅也氏

哲学者の千葉雅也氏

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個人の性的な欲望のあり方や、生物学的な性(セックス)と社会的な性(ジェンダー)の間のズレは複雑な問題だ。だがこの問題に対する人々の態度は繊細とはいいがたい。人間の本質である性を平板にとらえてしまっていいのだろうか。

■「LGBT(性的少数者)」という言葉は浸透したが、この概念では捉えきれない性の姿がある。

近年は自身の性的指向をカミングアウトする著名人が出てきて、日本でも2010年代後半からLGBTという言葉をよく耳にするようになった。だが問題がある。「総称」でひとくくりにされることによって、個々の微妙な違いや衝突が見えなくなってしまうからだ。行政的なスローガンとなった「ダイバーシティー(多様性)」という言葉にも同様の難点がある。

私は、一人ひとりの性の複雑な差異に目を向けた「クィア」という言葉を使いたい。一つの性的アイデンティティーには安住できない人を意味する用語だ。1990年代初頭、英語圏のジェンダー・セクシュアリティー研究の中で提唱された。もとは「変態」「おかま」といった意味で侮蔑的に使われていた言葉だが、それをあえて肯定的にとらえ直した経緯がある。

また「マジョリティー(多数派)」の中にも「男(女)らしさ」という価値観に複雑な思いを抱き、男(女)でいることに居心地の悪さを感じている人はたくさんいる。このような人たちには「クィアさがある」といえるだろう。人間の性の様態はそれぞれ異なるということに目を向けなければならない。

■マイノリティー(少数派)を「弱者」と見ることの暴力性を指摘する。

同性カップルがマンションを借りられるようにしたり、パートナーシップ(結婚に相当する関係)を認めたりといった制度保障を進めていく努力は当然必要だ。だがこうした対応を求める社会運動の中にも、問題は存在する。「マイノリティーは弱者だから救済しなければならない」という論理が内在しているからだ。

こうした論理がなぜ出てくるかというと、そうしなければ今の社会ではマジョリティーの理解が得られないからだ。この論理を解体する別の論理をどうつくっていくのか。それが問われていると思う。

強いか弱いか、多いか少ないかが問題なのではない。人間には優劣ではなく、ただ差異があるだけだ。だから「自分と違う欲望で生きている人間がいる」ことをそのまま受け入れ、認めることが大切だろう。そうすることによって初めて私たちは単純な人間観を脱し、本当の意味で多様性に満ちた世界が可能になるだろう。

(聞き手は村上由樹)

ちば・まさや 1978年生まれ。立命館大准教授。専門はフランス現代思想。著書に「勉強の哲学」「意味がない無意味」など。

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