2019年6月27日(木)

原発事故で変わる宗教 富田克也監督が真正面から描く
カンヌ映画祭リポート(6)

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2019/5/21 17:00
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20日、カンヌ映画祭と並行して開かれている「批評家週間」で富田克也監督の「典座―TENZO―」が公式上映された。郷里の甲府市を舞台にした「サウダーヂ」(2011年)で、地域社会の構造変化を鋭くえぐった富田監督。今回の新作でも、若い僧侶の葛藤や苦悩を通して東日本大震災後に揺らぎ、変わりつつある信仰の意義を問いかける。上映後には観客から温かい拍手が送られた。

「典座―TENZO―」の一場面。(C)全国曹洞宗青年会

「典座―TENZO―」の一場面。(C)全国曹洞宗青年会

批評家週間は国際批評家連盟の主催で、若手の作家が選ばれることが多い。

富田監督は上映前のあいさつで「世界第2位の経済大国だった時の日本は、仏教は葬式の時のものだった。11年の東日本大震災によって、東日本が全滅するのではないかという恐怖に襲われた後、日本では何かが変わった」と指摘。宗教界の変化を交えながら「僧侶たちは仏教が必要とされていることに気付き始めた。日本人は変わらないといけないし、仏教も変わらないといけない。そういう思いを込めて作った」と力を込めた。

上映前に舞台あいさつをする富田克也監督(左)ら

上映前に舞台あいさつをする富田克也監督(左)ら

曹洞宗の40歳以下の僧侶で構成する全国曹洞宗青年会から依頼を受けて製作した。フィクションだが、現役僧侶が実名で登場するなど、ドキュメンタリーの要素も取り入れて構成している。

土木作業員や在日外国人、ラッパーらを通して疲弊・空洞化する地方、すなわち日本の姿を描いた「サウダーヂ」以降、オムニバスの一編「チェンライの娘」(12年)、「バンコクナイツ」(16年)とタイやラオスなどで製作してきた。今回は久々に日本を舞台に撮った。記者に囲まれながら質問に対応し「母親の実家がお寺で、子供の頃におじに寺に連れて行ってもらうなど仏教に関心があった。アジアでの撮影を通じて仏教に触れていたタイミングと、日本人には今こそ信仰が必要なのではないかという思いから引き受けた」と話した。

目を見張るのは、収束の見えない原発事故に見舞われた福島を重要な舞台にしたことだ。震災以降、原発問題について積極的に発言してきた富田監督が、いつこの問題を描くのか注目していた。本作では策を弄せず真正面からぶつかっている。

「震災を取り上げるのは覚悟が必要だったが、若い僧侶と話し合う中で、彼らが変わったきっかけが福島の原発事故だったと聞いて、やはり描かなければならないと思った」と振り返る。福島にある曹洞宗の青年会にシナリオを見せてお互いによく話し合った。「福島でも県の中心部と沿岸部では心情が全く異なるなど、デリケートな問題。舞台を岩手県に移せないかと言われたこともあった。ただ『震災イコール原発問題』という思いは同じだと説得して理解を得られ、全面協力してもらえた」と話した。

核になったのは、新作の随所に登場する曹洞宗の尼僧、青山俊董さんの言葉だったという。青山さんはマザー・テレサの救済活動に参加するなど、国内外で様々な活動に取り組んでいる。「青山老師の言葉で最も印象に残ったのは『すべてはつながっている』という言葉。切って血が出るものだけが命ではない。命あるものだけではなく、米粒も菜っ葉一枚も、無機質だと思っているものさえ命がある。そうとらえることで、すべてがつながっていく」。この映画もあらゆるつながりから生まれたたまものだということだろう。

タイトルは曹洞宗の教えを日本に伝えた道元禅師が「食」に関する金言を残した「典座教訓」からとった。上映後の反応を見る限り、富田が描く仏教映画は日本をよく知らない観客にも伝わったようだ。日本公開は今秋。

取材会場は4年ぶりに復活した「ジャパン・パビリオン」。日本映画のプロモーションや助成事業の案内、ロケ誘致、東京国際映画祭のプロモーションのための交流スペースを兼ね、今回は文化庁が運営費を支援している。

カンヌでは久しぶりの出展ということもあってか、場所はメイン会場から遠く離れた端っこに近い。広さは約40平方メートルと1LDKの部屋くらいで、はっきり言って手狭である。もっとも、夜には本作にも登場する精進料理を振る舞うパーティーが催されるなど、様々な形で利用はされている。目立たないので「なぜ日本のパビリオンがないのか」との批判もあったといい、来年以降も継続して出展していきたいという。

「フランキー」の一場面。(C)2019 Photo Guy Ferrandis / SBS Productions

「フランキー」の一場面。(C)2019 Photo Guy Ferrandis / SBS Productions

20日のコンペ作品は、ゲイの熟年カップルを描いた「人生は小説よりも奇なり」(14年)が日本でも公開されたアイラ・サックス監督の「フランキー」。大病を患ったフランスの女優が、最後の休暇を過ごそうと夫、息子と一緒にポルトガルの世界遺産の街、シントラを訪れる。そこで繰り広げられる群像劇だ。

人間は孤独である。と同時に支え合わなければ生きていけない。そんな真理が主演の大ベテラン、イザベル・ユペールを軸とした人間模様の中に浮かび上がる。

(近藤佳宜)

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