2019年6月25日(火)

ナチスに抵抗した男通し現代に教訓 マリック監督作品
カンヌ映画祭リポート(5)

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2019/5/20 18:00
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カンヌ国際映画祭のコンペティション部門には自伝、歴史、SFなど幅広いジャンルの作品が並ぶ。上映は開幕日と閉幕日を除いて1日2本のペース。17日上映の「ペイン・アンド・グローリー」はスペインの巨匠ペドロ・アルモドバルの新作で、出品作では珍しく本国スペインではすでに一般公開済み。ハリウッドでも活躍する同国出身のアントニオ・バンデラス、ペネロペ・クルスの出演でも話題だ。

「ペイン・アンド・グローリー」の一場面(C)Manolo Pavon

「ペイン・アンド・グローリー」の一場面(C)Manolo Pavon

アルモドバル自身を投影したとみられるバンデラス演じる映画監督のサルバドールが、少年時代の出来事や決断を振り返る物語。少年時代の母親役をクルスが演じる。鮮やかな赤、緑といったアルモドバルらしい色彩感覚は今作も健在で、特に回顧シーンはうっとりするほどみずみずしく、少年時代の記憶とは切なくも淡いものなのかもしれないという感覚を抱かせてくれた。最後のあっと驚く仕掛けも作品に奥行きを与えていた。

コンペのラインアップが公表された時から心待ちにしていたのがオーストリアの女性監督ジェシカ・ハウスナーの「リトル・ジョー」だった。同監督の「ルルドの泉で」は、2009年のベネチア映画祭のコンペに選ばれ、日本でも11年に公開された。数々の奇跡を起こすといわれるカトリックの巡礼地ルルドの泉を訪れた車椅子の女性に起こる奇跡を徹底して抑圧したカメラワークによって描く、そのリアルな映像に身震いしたのを覚えていたからだ。

同日上映された「リトル・ジョー」は、シングルマザーのアリスが遺伝子操作で開発した幸福感をもたらす香りを放つ植物が人間におよぼす異変を描いた心理ドラマだ。息子の態度が変わったのは果たして新種の植物の花粉を吸い込んだのが原因か? SF的な設定で複雑な人間心理をあぶり出す演出がさえる。日本の雅楽が終始流れ、見るものの不安と好奇心をかき立てられ、またも身震いしてしまった。

18日は中国のディアオ・イーナン監督「ザ・ワイルド・グース・レイク」とルーマニアのコルネリュ・ポルンボユ監督の「ザ・ウィスラーズ」が上映された。2人とも初めてのコンペとなる。

ディアオ・イーナン監督は前作「薄氷の殺人」がベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞し世界の注目を集めた。5年余りを経て満を持して送り出した新作は前作同様のフィルムノワールで、暴力団の男が妻と逃走の途中で出会った女性のために命をかける物語。迷路のような町に分け入ると同時に混迷の度を増していくストーリーテリングが巧みだ。だが、息をのむ美しい映像の連続に陶酔しつつもメリハリを感じられず、見終えたときにはどのシーンもよく思い出せない。アイデアを詰め込みすぎたのではないか。

「ザ・ウィスラーズ」はスペイン領カナリア諸島のゴメラ島を舞台に、大金を巡るギャングと警察の攻防を描いたクライムコメディー。口笛を暗号に用いる設定が物語展開のアクセントとなって最後まで飽きさせないエンターテインメント作品になっていた。

19日には、ブラッド・ピット主演の「ツリー・オブ・ライフ」でパルムドールを受賞した米国のテレンス・マリック監督の「ア・ヒドゥン・ライフ」が上映された。第2次世界大戦中、オーストリアに実在した人物の半生を描く。ナチスの思想に逆らい、徴兵も拒否したことで投獄され、最後には処刑されてしまう男の物語だ。

「ア・ヒドゥン・ライフ」の一場面(C)Iris Productions

「ア・ヒドゥン・ライフ」の一場面(C)Iris Productions

上映時間が3時間近い長さのためか、内容に不満があったのか、途中退場したり携帯で時間を確認したりするメディア関係者がちらほらいたが、賞レースに入る傑作だと思った。小さな町をナチズムが覆い、ただ一人あらがう主人公ら家族を町ぐるみで遠ざけ、罵倒し、時に暴力をも振るうシーンには悲しみと恐怖を感じた。ナショナリズムが台頭し、連帯と排除の相克が明らかな現代において、大きな教訓を与えてくれるだろう。

もう一本の「ポートレイト・オブ・ア・レディー・オン・ファイアー」はフランスの女性監督セリーヌ・シアマの歴史ドラマ。同監督にとっては初のコンペ入り。18世紀末のブルターニュの孤島に、若い女性画家がある女性の肖像画の依頼のために降り立つ。2人は絵描きとモデルとして時間を過ごすことで親密になっていく。

女性の感情と欲望をとらえながら性について探求した作品のように感じられた。2人の関係を丹念に描いた末の、ラストシーンの2人の表情、とりわけ一方の女性のアップの長回しは、忘れられない余韻を残した。

(近藤佳宜)

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