2019年6月24日(月)

信楽鉄道事故、遺族団体が活動に幕 後世に「安全」託す

関西
2019/5/20 11:19
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滋賀県甲賀市(旧信楽町)で1991年、信楽高原鉄道(SKR)とJR西日本の列車が衝突し、42人が死亡した事故の遺族らでつくる団体が6月、活動に幕を下ろす。団体の訴えは国の鉄道事故の調査組織の発足につながり、再発防止や被害者支援の充実に果たした役割は大きい。公共交通の事故が後を絶たないなか、安全な社会の実現は後世に託される。(高橋彩)

信楽高原鉄道事故の遺族が残した資料を眺める関西大の安部教授(17日、大阪府高槻市)

「誰かを責めるのではなく、事故のない安全な社会を実現するために力を注いできた」。事故で長女を亡くした臼井泰子さん(76)は、これまでの活動をこう振り返る。夫の和男さんは、事故の遺族や弁護士らでつくる「鉄道安全推進会議」(TASK)の初代会長を務めた。

当時、国には航空事故を調査する委員会はあったものの、鉄道専門の調査組織はなかった。運輸省(現国土交通省)が事故後の92年に発表した調査報告書はわずか12ページ。TASK副会長の国府泰道弁護士は「事故につながる組織的な背景などはなく、遺族が求めていた調査内容にはほど遠いものだった」と説明する。

「事故の原因を明らかにし、再発防止につなげたい」。そんな思いから、遺族は93年にTASKを結成。欧米の事故調査機関を視察し、専門家を招いたシンポジウムを開くなどして、鉄道事故調査の第三者機関を設置するよう国に求め続けた。

TASKの訴えが実を結び、国交省に2001年、航空・鉄道事故調査委員会(現運輸安全委員会)が発足。08年に「被害者への情報提供」の役割も加わり、12年には同省内に公共交通事故の被害者支援室もできた。

TASKは、他の公共交通事故の遺族による活動の支えにもなった。05年のJR福知山線脱線事故で長女(当時40)を亡くした藤崎光子さん(79)は遺族のネットワーク作りに注力。「(TASKのメンバーから)『遺族同士で励まし合える場所こそが大切。何でも協力する』と言ってくれたのが活動を始めたきっかけだった」と明かす。

一方、30年近い月日が過ぎ、TASKの活動を担った遺族らの高齢化も進んだ。ピーク時に500人を超えた会員は現在、約350人。初代会長の臼井さんは05年に死去、妻を亡くした2代目会長の吉崎俊三さんも18年に世を去った。団体は「一定の成果を残した」として19年6月、大阪市内で開く総会を最後に解散を決めた。

吉崎さんが集めていた事故に関する資料は18年、吉崎さんの長女から公共交通の事故調査に関する研究で知られる関西大の安部誠治教授の研究室に寄贈された。

信楽高原鉄道やJR西との交渉や国との面談内容、TASKの会議の議事録など厚手のファイルで約20冊。チラシの裏やメモ用紙に手書きで「賠償金ではなく、納得のいく謝罪と事故原因を追求している」など当時の思いを記したものもある。今は大学院生らが研究に活用し、一般公開も検討している。

安部教授は「TASKの活動は、遺族と専門家が連携すれば事故調査委の発足など国の仕組みに遺族の思いを反映できることもあると示した」と評価。「公共交通の事故にかかわる資料を後世に残す役割を担う機関が必要だ」とも指摘する。

▼信楽高原鉄道(SKR)事故
1991年5月14日、滋賀県甲賀市(旧信楽町)のSKRの単線上で同社の列車とJR西日本の列車が正面衝突し、42人が死亡、600人以上が重軽傷を負った。事故当日は同町で開催していた「世界陶芸祭」に合わせ、SKRの線路にJR西の臨時列車が乗り入れており、SKRの列車が赤信号を無視して駅を出発したことが主な原因とされた。
SKRの元運転主任ら3人が業務上過失致死傷などの罪に問われ、執行猶予付きの有罪判決が確定。JR西の運転士らは起訴されなかった。遺族らが起こした民事訴訟では「事故を回避する注意義務に違反した過失がある」として、SKRとJR西の双方の過失が認定された。

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