2019年7月21日(日)

人文学 自然科学の視点を 哲学者・篠原雅武氏
令和の知をひらく(7)

文化往来
2019/5/28 6:30
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哲学や文学、歴史学といった人文学、いわゆる文系の学問の関心は、とどのつまり「人間とは何か」という点にある。人間についての研究なのだから、今まではおおよそ人間が作り出したものだけを見て議論していればよかった。

「人新世」の視点が倫理学や歴史学を変えると説く哲学者の篠原雅武氏

「人新世」の視点が倫理学や歴史学を変えると説く哲学者の篠原雅武氏

●「意識の移植」が問う倫理 脳科学者・渡辺正峰氏 令和の知をひらく(1)
●ネットの「無」に抗う時 作家・上田岳弘氏 令和の知をひらく(2)
●他者の性と欲望認める 哲学者・千葉雅也氏 令和の知をひらく(3)
●絶対の正解求める危うさ 歴史学者・呉座勇一氏 令和の知をひらく(4)
●「貸し借り」が広がる社会に 文化人類学者・小川さやか氏 令和の知をひらく(5)
●違和感から目覚める自分 作家・村田沙耶香氏 令和の知をひらく(6)

「人間を見ているだけでは、人間のことはいつまでたっても分からない」。近年、そう思う人が出てきた。資本主義とかナショナリズムとか、人為的な仕組みだけを取り上げて話をすることに、行き詰まりを感じているのだと思う。

■地球や自然といった、人間の外側にある存在とのつながりを強く意識する人文学に変えていく。そのカギとなる概念として「人新世」を挙げる。

社会や文化、国家など、人文学がなじみにしてきた枠組みから一度離れて、人間が生きる条件を考えてみる。そうすると、浮かび上がってくるのは「惑星」、すなわち「人は地球の上で生きている」という発想だ。当たり前ではないかと言われるかもしれない。だが人文学からすると、これはほとんど盲点になってきた考え方だ。地球、惑星、宇宙などという対象は、自然科学、理系の領分だという意識が強かった。

「人新世」は20年ほど前に、地質学上の時代を区分する新しい仮説として登場した。人間の活動が地球環境に無視できない影響を与えるようになった時期を指す。大ざっぱに言えば、欧州で産業革命が起こった18世紀後半から現在に至る期間だ。科学技術の発達や人口増加、天然資源の浪費などが、火山噴火や隕石(いんせき)の衝突、巨大地震に匹敵するインパクトを持つと考えられるようになった。

理系の分野で唱えられた「人新世」を人文学に取り入れることで、地球や自然で起こりつつあることを、人間と切り離せない切実な問題として議論できるようになると期待している。

先日、人間の活動で約100万種の動植物が絶滅の危機にひんしているという報告を国連が出した。そうした事実を客観的なデータを元に把握し提示するのは自然科学の仕事かもしれない。だが、それを人間がどう受け止め、どんな行動を起こしていくのか議論する段階では、人文学が貢献できる。いや、むしろ、人文学こそが倫理学や歴史学などの分野で議論の土台を整えるべきだろう。人間以外の生物種の絶滅は、巡り巡って人間の衰退、ひいては絶滅につながっていくだろうから。

■人間の未来を考えるには、人文学だけでなく、芸術も役に立つという。

写真家の川内倫子さんが東日本大震災の被災地を撮った作品には、自然の猛威に対する人間の生活領域の「もろさ」がいち早く表現されていた。うまく言葉で説明できないようなことにも、アートは感覚的に触れることができる。アートを通じて、人は日常の先にあるものに手が届くのではないだろうか。

(聞き手は郷原信之)

しのはら・まさたけ 1975年横浜市生まれ。哲学者、京都大学特定准教授。著書に「人新世の哲学」など。

=おわり

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