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「開智学校」国宝に 近代建築の価値認める流れ

文化審議会は17日、1876年に建てられた長野県松本市の「旧開智学校校舎」を、近代の学校建築として初めて国宝に指定するよう柴山昌彦文部科学相に答申した。和洋折衷のデザインなどが日本の近代教育の夜明けを象徴していると評価した。近代建築の国宝指定は3件目で、近世や近代の建築物の価値を認める流れが強まっている。

開智学校は最初期の小学校の一つで、明治政府が1872年に全国に学校を整備する「学制」を発布したのを受けて建設された。建物は木造2階建てで、八角形の塔屋と唐破風屋根など、和洋の要素を織り交ぜた「擬洋風」と呼ばれる当時流行のデザインを採用した。

工事の中心を担ったのは地元大工、立石清重で東京や横浜の洋風建築に学んだとされる。京都府立大大学院の大場修教授(日本建築史)は「洋風建築の要素を反映しつつ、日本大工の素地を生かして独創的な和洋折衷を実現した。教育分野にとどまらず、明治初期の代表的な木造建築物だ」と評価する。

文化庁によると、国宝の建造物226件のうち、明治以降の近代建築は「旧東宮御所」(迎賓館赤坂離宮、東京・港)と「旧富岡製糸場」(群馬県富岡市)のみで、開智学校は3件目になる。「重要文化財から優れた建造物を国宝指定する機運が高まっており、軸足が近世・近代に移りつつある」(大場教授)

歴史的な学校建築で開智学校が最初に国宝に選ばれた理由を、文化庁の担当者は建築としての評価に加えて「規模の大きさ」と説明する。

日本大の小野雅章教授(日本教育史)は「当時の小学校の教員数は1校あたり2人程度だったが、開智学校は30人以上で、子供も1000人以上と全国的にも大規模だった」と指摘する。「授業計画から子供の作文、宿直日誌など多くの貴重な資料が良い状態で残り、教育史の研究対象としても価値が高い」という。

1963年まで小学校として使われた校舎は現在、貴重な資料を収めた教育博物館として公開されている。学芸員の遠藤正教さん(35)は「文明開化を受けた新時代への期待や教育への夢が伝わってくる。多くの人に触れてほしい」と話す。

開智学校は建築費用約1万1千円(現在の価値で1億円以上)の7割を住民寄付でまかなうなど地域との縁が深かった。松本市内で外国人客にボランティアでガイドをしている高山洋さん(68)は「身近な施設が国宝になるなんて」と驚き、「外国人客に人気がある松本城の天守閣から開智学校が見えるので、松本の別の魅力として紹介したい」と喜んだ。

文化審はほかに、曹洞宗大本山の永平寺(福井県永平寺町)など重要文化財6件の新規指定を答申した。建造物の重要文化財は2503件(うち国宝227件)となる。答申内容は次の通り。

【国宝の新指定】旧開智学校校舎(長野県松本市)

【重要文化財の新指定】旧柏倉家住宅主屋など8棟(山形県中山町)▽旧山崎家別邸(埼玉県川越市)▽永平寺仏殿など19棟(福井県永平寺町)▽早川家住宅主屋など8棟(岐阜県海津市)▽真宗本廟東本願寺御影堂など6棟(京都市)▽根来寺大伝法堂など6棟(和歌山県岩出市)

【重要文化財の追加指定】旧西尾家住宅外塀・内塀(大阪府吹田市)▽福田家住宅上の蔵・下の蔵(鳥取市)

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