2019年6月16日(日)

「使えないAI」生む過度な期待 エイベックスの回避策
日経ビジネス

コラム(ビジネス)
ネット・IT
AI
2019/5/21 4:30
保存
共有
印刷
その他

日経ビジネス電子版

人工知能(AI)が実験から実用化の段階に入ろうとしている。「〇〇社、××事業にAI導入」。米グーグルやマイクロソフトなど世界のIT(情報技術)大手のみならず、日本でも多くの企業が次々にこうした内容を発表し、ニュースの見出しを飾る。

しかし現状に危機感を持っている人物がいる。東京大学大学院教授の松尾豊氏だ。深層学習(ディープラーニング)研究の第一人者として知られる松尾氏は、日本でのAIの盛り上がりは「中身のないバブルで、いつはじけてもおかしくない」と警鐘を鳴らす。

イノベーションの「手段」のはずのAI導入が「目的」となった結果、生まれがちなのが開発しても「使えないAI」だ。華々しい実証実験開始のアナウンスの陰に、性能やコストなどの壁に突き当たる失敗事例が生まれている。一方、陥りがちな落とし穴を回避し、AI活用を軌道に乗せている事例も出始めている。一例が、音楽大手のエイベックスだ。

■ライブ会場の感情をAIで可視化

「投資は十分に回収できる」。エイベックスの新事業推進本部に所属する山田真一ゼネラルマネージャーは、AI活用の費用対効果に自信を見せる。「過度に期待せず、世にあるものをうまく使おうと考えた」(山田氏)のが成功の秘訣だった。

エイベックスは17年夏、ライブ会場の来場者の感情をAIで分析し、来場者の反応を数値化するシステムを開発。実証実験に乗り出した。曲順や演出を変更したときに来場者の反応がどう変わるかを客観的に評価し、イベントの満足度向上につなげられるとの触れ込みだった。

それから2年弱。果たして実用化できたのだろうか。

「感情を分析する実証実験を17年夏から1年間で50回ほどやってきた。それを基に、アーティストのツアーに同行するスタッフが使える簡易版のシステムを開発した。これからエイベックス所属アーティストのツアーに投入していく」。来場者の満足度向上などの具体的な効果を得るのはこれからだが、実証実験から順調に進んだと山田氏は振り返る。「外販用のシステムも開発した。ある劇場が19年から稼働させている」(山田氏)

2018年11月に都内のライブ会場で実証実験したときの様子。DJブースの両サイドにカメラを設置して観客を撮影した(写真=エイベックス)

2018年11月に都内のライブ会場で実証実験したときの様子。DJブースの両サイドにカメラを設置して観客を撮影した(写真=エイベックス)

エイベックスが実証実験に取り組んだシステムは次のようなものだった。ライブ会場のステージの両側に高精細な4Kカメラを設置し、ステージ前にいる来場者を撮影する。その映像に映っている人たちの顔画像を切り出し、米マイクロソフトのAIで感情を分析する。それぞれの顔画像について「喜び」「悲しみ」「驚き」「軽蔑」など8種の感情の度合いを推定し、その瞬間の会場全体の感情を即座に数値化する。この処理を1秒など短い単位で繰り返して、時間の経過に伴う感情の変化を把握する。

「観客の感情は歓声の大きさにも表れるが、ライブ会場で観客の音だけを取り出すのは難しい。それならば感情の手がかりになる顔画像を使おうと考えた」(山田氏)。ホールやオープンスペース、小規模劇場、ライブハウスなど様々な会場で試行したほか、上映中の映画館での感情分析も実施した。

山田氏は「実証実験の時点では、後から分析結果を見て『確かにこうだったね』と納得するだけだった」と話す。イベントの満足度向上につなげるためには、演出や曲順の違いによる変化が分かるように同じイベントを継続的に分析する必要がある。「開発チームのメンバーがツアーに同行するほどの余裕はない」(山田氏)という課題が出てきた。

そこで簡易版のシステム開発に乗り出した。ツアーに同行するスタッフがライブ会場にカメラを設置し、終了後に撮影データをアップロードするだけで使えるシステムだ。動画を登録したらシステムが自動で分析を実行し、来場者の感情の遷移を出力する。19年2月に開発を終え、検証を進めている。年内にもエイベックス所属アーティストのツアーで本格的に利用を始める計画だ。外販用のシステムでも売り上げが立ち始めた。「開発にかかった費用と(マイクロソフトのAIの)利用料はすぐに回収できる」(山田氏)と見込む。

来場者を撮った映像から顔を検出し、それぞれの顔について感情を推定する(写真=エイベックス)

来場者を撮った映像から顔を検出し、それぞれの顔について感情を推定する(写真=エイベックス)

「AIの限界も分かって自発的にプロジェクトを始めた。経営者からAIで何かやれと言われて始めたわけではない」。山田氏が成功のポイントと考えるのは、判定の厳密さを追求しない用途を選んだことと、ありもののAIをそのまま採用したことだ。

判定の厳密さについては、「学術的な取り組みではないため、自分たちの感覚と合う結果が出ればいいと割り切った」(山田氏)。これまでまったくできていなかった感情の定量化がある程度の精度でできれば十分だと考えた。また、一人ひとりの感情を追いかけようとはせず、たまたま顔が映った観客の感情から全体的な傾向が見えればいいことにした。実際の運用では、ステージ上のカメラから50~100人程度の顔が映るように設置している。

感情の分析はマイクロソフトのAIをそのまま使った。「日進月歩で進化するAIを自分たちで再発明する必要はない。活用して得られるデータこそが重要だ」(山田氏)という発想だ。とはいえ、特定のAIに依存するリスクも考慮している。「ほかに良いAIが出てきたら簡単に乗り換えられるようにシステムを構築した」と山田氏は話す。

「『精度100%』や『漏れなく全員』といった過度な期待をしてはいけない」。山田氏の言葉は、AI失敗の法則の裏返しでもある。

(日経ビジネス 竹居智久)

[日経ビジネス電子版 2019年5月20日の記事を再構成]

 日経ビジネス2019年5月20日号の特集「はじける? AIバブル 失敗の法則」では、日本企業のAI活用の実態に迫り、ソフトバンクなど先行企業の実例をもとに企業が陥りやすい落とし穴を検証した。

日経ビジネス電子版セット

週刊経済誌「日経ビジネス」の記事がスマートフォン、タブレット、パソコンで利用できます。雑誌発行日の前週の水曜日から順次記事を公開。日経電子版とセットで月額650円OFFです。

保存
共有
印刷
その他

日経BPの関連記事

関連企業・業界 日経会社情報DIGITAL

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報